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LINE・田端氏とオイシックス・奥谷氏が語り尽くす『確率思考の戦略論』と数学マーケティング

2017/04/18 07:00

 USJの業績をV字回復させたノウハウが詰め込まれた『確率思考の戦略論』。数学マーケティングを謳う本書について、LINEの田端信太郎氏とオイシックスの奥谷孝司氏はどんな感想を抱いたのだろうか。3月28日に開催した定期誌『MarkeZine』の購読者限定イベントで、お二人を招いてパネルディスカッションを行った。

『確率思考の戦略論』はシビアな環境で生き残るための方法論

押久保:これから田端さんと奥谷さんに、ユー・エス・ジェイをご退職された森岡毅さんとデータサイエンティストの今西聖貴さんがタッグを組んで書かれた『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』をもとにお話をうかがいます。

 ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの業績がV字回復したのは皆さんもご存じかと思います。本書はそうした結果を出したノウハウを全力で書ききった良書で、Amazonレビューでも大変好評です。

 本書では「ビジネス戦略とは確率論である」と言いきっています。成功確率はある程度操作できる、需要予測はそのための有用な道具である、といった具合です。私も本書を読んで、数学を駆使すればこういうことができるのかと驚きました。

 まず、お二人は本書を読んでどんな感想を持たれましたか?

田端:森岡さんと直接の面識はないんですが、プロフェッショナルとしてシビアな環境、つまり業績未達であれば解雇されても文句が言えない環境の中で、プレッシャーを感じながらサバイブされてきた方なんだなと率直に思いました。

 ですから、会社の現状、自分が置かれた現状と目標の間にどれくらいギャップがあるのか、そしてそれを埋めるためにどうすればいいのかをできるだけ正確に知ろうとしたとき、数学的なマーケティングという手法を用いることには必然性があったのでしょう。数学的な確からしさをもって予測したいという考えがなければ、このような手法が必要だとは思い至りませんからね。

 要するに、生き残るための必然性から辿り着いた方法論が書かれている。そこが本書のすごいところだと思いました。ただ、厳密な数学に基づいていますが、アカデミックな本ではまったくありません。あくまでマーケティングの本ですね。

田端信太郎氏
田端信太郎氏:LINE 上級執行役員 コーポレートビジネス担当

奥谷:私の感想を一言で言うと、ウォームハートでクールヘッドな本という印象です。方法論が書かれていますが、意外と熱の入った部分もあります。マーケティングをいかに定量化できるか、それに熱意をもって挑戦された本ですね。

 私自身はこれから学術の道にも進んでいこうと思っていますが、それは純粋に「なぜこの人はこれを買うんだろう」という疑問の答えを知りたいからなんです。自分が森岡さんのようなアプローチを完全に理解するのは難しいんですが、それに近しいことは様々なデータから理解できます。数学的な方法論だけを読むのではなく、森岡さんの熱も感じ取れるので、いい本だなと素直に思いました。

 私のことを理系人間のように思う方もいらっしゃるようなんですが、実は数学は苦手です。といっても、それは数学の問題を解くことはできないという意味で、データを統計学的に理解することはできます。統計は仮説を立て、それが有意なのかどうかを検証するために数学的手法を使います。森岡さんも、自分が取り組んでいること、そこから見出した仮説の確からしさを調べるために数学を使っています。

 本書はマーケターの目の前にある現象を定量化して見ることができると教えてくれます。私は数学が苦手でも統計は好きなんですよ。それは、自分の右脳的発想の妥当性を統計が確認してくれるからです。

マーケティングはサイエンスかアートか

押久保:本書では「ビジネス戦略の成否は確率で決まっている」と断言されています。その中で数学マーケティングという言葉があり、マーケティングを科学することが繰り返し強調されます。数学マーケティングについてはどんな印象を感じましたか?

田端:「マーケティングはサイエンスかアートか」という議論がありますが、皆さんはどう考えますか? サイエンスはある手順に従えば結果を再現できることで、アートはその時々でうまくいきそうだという直感に基づくことと定義できます。

押久保:会場ではアート派がやや多いようです。

田端:本書はサイエンスとしてのマーケティングを突き詰めたものです。アートの要素はほとんどありません。ただ、適応可能な範囲はかなり限られているとは思います。消費財のマーケティングには当てはまりますが、LINEのようなSNSのマーケティングを考えたときはそうでもありません。

 たとえばシャンプーを買うとき、AさんとBさんが店頭でどの銘柄を選ぶかは基本的には独立しています。しかし、ネットワーク効果が働くようなサービスだとAさんが使っているからBさんが使う、AさんとBさんが使っているからCさんも使うという雪だるま式のポジティブフィードバックが働きます。

 現実のマーケティング施策では1回きりの現象も多く、そこでA/Bテストを行うなんて不可能です。いわば勝負感、アートの領域でのマーケティングも存在するわけですね。本書はそこをうまく処理していて、サイエンスとしてのマーケティングは適用可能な範囲が限られているとしています。ですから、サイエンスのスコープで分析できる領域には今のところ限りがあると考えて本書を読むのがいいと思います。

押久保:サンプル数が多い商材はサイエンスが効きやすいということですね。

奥谷私はマーケティングをアート&サイエンスと捉えています。というのも、世の中に存在しないことを確率で導くのはほとんど不可能だからです。新しいサービスとして誕生したLINEがここまで成長するかどうかは、おそらくリリース前に予測できなかったでしょう。ですから、アートが先に来るんです。

 数学マーケティングは起こった現象を分析し、そこから見出した仮説を検証するために利用されます。なんらかのデータがある状態なんですね。とはいえ、たいていの企業では需要予測すら当たりません。それは予測のために利用するデータ、言いかえると試行回数がとても少ないからです。もし何万回分ものデータを利用できるのであれば、予測はかなり正確になるはずです。そこまで蓄積できる企業はほとんどないと思いますが。

奥谷孝司氏
奥谷孝司氏:オイシックス 執行役員 Chief Omni-Channel Officer

田端:奥谷さんは因果関係と相関関係をどう切り分けられていますか?

奥谷:感覚です。それはアートの領域だと思います。

田端:数学の外に出て、人間の心理や常識的に考えてどちらなのか判断するしかないですよね。

奥谷:「もしかしたらそうかもしれない」という仮説があるなら、やってみるべきですね。LTVが上がり続けるならそれでいいんです。ビジネスにおいては結果を出すことが大事ですから、因果を錯誤しても構わないと思いますよ。

満足しなかったからリピーターになる

押久保:田端さんは本書を読んだあと、実際にUSJに遊びに行かれたそうですね。

田端:10月下旬、ハロウィンの時期に初めて行ったんですが、とんでもなく混んでいました。ポップコーンを買うのに100メートルくらいの行列ができているくらいです。あの瞬間、園内には数万人くらいいて、自分はその中の一人。計量モデルのサンプルの1個になった気分でした(笑)。

 子供はとても喜んでいたんですが、あまりの混み具合に私自身の満足度はかなり低かったですね。これだと全体の顧客満足度も下がりそうだなと思ったんですが、森岡さんはそれを見越していたんです。

 というのは、その翌週に森岡さんがネットの記事で「人は満足するからリピーターになるのではない」とおっしゃっていました。たしかに、園内が混みすぎて満足にアトラクションを楽しめなかったからこそ、子供は「次にいつ来るのか」と言うわけです。もし空いていて一気に楽しみ尽くしてしまったら、「もういいや」となってしまいますよね。

 私たち親子は完全に森岡さんの掌の上で転がされていたわけです。自分が消費者の立場とマーケターの立場という間に置かれ、複雑な気持ちになったのは事実です(笑)。

奥谷:USJの仕組みはソーシャルゲームと同じアルゴリズムだと思います。そもそもコンプリートできないようになっているんですよ。企業側はそれを把握しながら、消費者にはわからないように実践しています。しかも、消費者は毎回同じ場所に行くのに毎回違う体験をすることになるので、余計に実感しにくいわけです。

 また、多くの人はお金を払った分は楽しみたいと考えます。どんなに混んでいてアトラクションに乗れなくても、家族と写真を撮って「楽しかった」という思い出を作るんです。これだけ払ったんだから、損したとはできるだけ思いたくない、と認知的不協和を解消したくなるわけです。なので、多少値段が高くなっても、自分を納得させようとしてしまうんですよ。

 企業としてはそういう消費者の気持ちとサービスの価格をどうバランスさせていくかが肝要です。そこがマーケターとしてはおもしろい部分だとは思います。

田端:USJで言うと、追加でお金を払えばアトラクションにすぐ乗れるユニバーサル・エクスプレス・パスを販売しています。時期によって値段が違うので、これは典型的なダイナミックプライシングです。おおよそ通常の入場料と2倍くらい差があるんですが、どちらが得なのかは来園者にはわからないでしょう。おそらくキャパシティなど様々な経営要素からその価格をコントロールしているのだと思います。

人間がどう認識するかで規範は変わる

押久保:価格のコントロール、バランスについてはどう考えられていますか?

押久保剛
押久保剛:翔泳社 MarkeZine編集長

田端マーケターから消費者へのメッセージが込められているのがプライシングです。これをダイナミックに変えるのはこれまでコスト的に難しかったんですが、デジタルのおかげで低コストでできるようになりました。ただし、ロジカルに考えれば需給に合わせて値付けするのは正しくても、倫理的にどうかと思う部分もあります

 たとえば、震災の直後にカップラーメンを高額で販売することが話題になりましたよね。需要があるから売れるんですが、そんな店では二度と買わないという気持ちにもなります。

 また、ある保育園で19時を過ぎて子供を迎えに来たら罰金を取るという話がありました。結果、罰金を払えば19時を過ぎてもいいと受け止められ、むしろ保護者が子供を迎えに来る平均時刻が遅くなったそうです。

 人間をコントロールする手法には規範やプライシングなどいくつかありますが、どう捉えられるかを考えておかないと、よかれと思ってやったことでも逆の効果を生んでしまうことには気をつけないといけませんね。

奥谷:行動経済学ではそうした人間の認識と行動に関する実験がたくさんあります。たとえば、ある自動車が人気で品切れ寸前だったとします。ある会社はその自動車を定価から200ドル値引きして9,800ドルで売っていましたが、人気があるので定価に戻しました。別の会社は元々1万ドルで売っていたんですが、1万200ドルに値上げしました。

 このとき、消費者にどちらのほうが悪いかを尋ねたら、定価から200ドル上げた会社のほうに悪評がつけられました。ですが、よく考えてみれば自動車を買おうとしている消費者は、いずれにせよ200ドルの損をします。両社への評価は同等でなければおかしいのに、人間はそう判断できないんです。

 人間がどう認識するかで規範も変わるので、マーケターとしては悩ましいところです。正しい利益とは何なのか、常に考えておく必要がありますね。

田端:私は情報にプライシングしている立場で、有名なブロガーのマネタイズに力を入れていたことがあります。多くの場合、ブロガーがブログに書いていること、メルマガに書いていること、講演会で話すことに大きな違いはありません。

 しかし、読者はブログだと無料と捉えます。そしてメルマガだと月1,000円くらい、講演会だと3,000円くらいは払おうかなと考えるんです。世の中の相場がそう決まっていて、それを参照点にするからなんですね。

 あるいは情報の価値についてもそうです。私がある話をしようとするとき、枕詞で「堀江貴文さんがツイートされていた話なんですが……」と言うのと、「堀江さんとホテルで食事をしながら聞いた話なんですが……」と言うのでは、聞き手は後者のほうがいい話なのではと熱心に耳を傾けてしまいがちです。

 それと同様に、講演会やサロンのような場はそこでしか聞けない情報を聞けるかもしれない、という期待感があるので、価格は高ければ高いほど顧客満足度が高まります。むしろ安いほうがクレームが出やすいんですよ。USJも同じようにプライシングしやすい情報・体験が商品なので、ある程度価格を高くしておいたほうがいいんでしょうね。

マーケターは一人ではビジネスできない

押久保:続いて、組織についてお訊きします。本書には「会社というたくさんの人が集まっている集団では、会社の利害と個人の利害が必ずしも一致しない」と書かれており、一人でできることは大したことがないので組織でドリブンさせる必要がある、リーダーはオーケストラの指揮者であれ、といった主張がなされています。

 奥谷さんは転職されて所属する組織が変わりましたが、これについてどう考えられていますか?

奥谷:ここに関しては森岡さんのウォームハートの部分を感じます。マーケターに限らず、いい仕事をするにはリーダーはオーケストレーションできたほうがよく、データサイエンティストや情報システムの人とも仲よくして成果を出さなければなりません。

 オイシックスというマーケティングドリブンの強い企業にいると、少し危機感を覚えることがあります。というのは、EC企業はいとも簡単に顧客のことがわかるんですよ。ユーザーみずからが名前や住所、あるいはその他の情報を教えてくれるからです。ですが、これが実店舗ならどうか。お金を払ってくれたお客さんの名前すらわかりませんし、また来てほしくて連絡しようにもメールアドレスを教えてもらうのはかなりハードルが高いでしょう。

 つまり、ネット専業だと個人情報に対する倫理感に疎くなり、儲かるか儲からないかだけの話になってしまいかねません。特にオイシックスは消費期限の短い野菜を販売していますから、いい意味でも悪い意味でもデータドリブンのプッシュ型ビジネスになりがちです。

 たしかに自然状態では会社と個人の利害は一致しないんですが、データだけ見ていると一致する瞬間はあります。ですが、それが本当にお客さんにとっていいことなのかはいつも考慮しないといけません。

田端:マーケティングはあくまで手段ですよね。会社と個人で目的や利害が異なる場合ももちろんあります。会社にとっての成功は売上や利益の増加ですが、個人にとっては昇給できたらいい、転職に活かせる成果を残す、といったことがありえます。しかし、会社やブランドとしてどこを目指すのか、個人の目的としても一致しておいたほうがいいのは間違いありません

 なにより、マーケターは一人ではビジネスができません。必ず会社や組織が必要です。だとすれば、組織のミッションに自分が共感できないとき、どうするのか。たしかに能力で貢献できるでしょうが、私はマーケターにも美学のようなものがあったほうがいいのではと思います。

奥谷:マーケティングは手段で、勝手に売れるならする必要がありません。ですが、今はそういう時代ではなくなったので、やらざるをえません。私はどうせなら、おもしろいものを作ってマーケティングをしたいと思いますね。

パネルディスカッション

記述的に語ることと価値判断を含んで語ることの区別

押久保:本書ではマインドに関しても言及されています。「日本人はもっと合理的に準備してから精神的に戦うべき」とあり、日本人は感情と理性を切り離すのが苦手、意思決定に感情は入れないとはっきり言われています。

奥谷:私は感情を入れないというのが苦手で、まず精神的に整えてから合理的になるんです。感情と理性を切り離せない人はけっこう多いですよね。思い込みをデータで解消したいのに、「I knowシンドローム」に陥って理性的になれない人もいます。

 これは、まったく新しいデータを提示しても既に知っていたかのように振る舞う人のことです。それまでの経験があるので、なかなか新しいこととして受け入れられないのかもしれません。そういうときはぐっと堪えて、「知っていたんですね」と認知的不協和の解消を図って理解してもらおうとします。

 客観的に分析してデータが出たらそれを元に冷静に判断すべきなんですが、「奥谷が言うことはわからない」と言い出す人もいます。わからないと連呼することでむしろ私が悪いという空気を作ろうとするんです。そうすると、いいのか悪いのか判断しかねている人も巻き込まれ、わからないの輪ができてしまいます。

 そこを私がデータで押しきれるかというと、そうでもありません。そのときは「やり直してきます」といったん引いて、また別の日に提出するんですよ。中身はそのままで、相手の機嫌がいいときを狙います(笑)。日本だと、あんまり数字だけで押してしまうとかえってうまくいかない場合もまだまだあるでしょうね。

田端:私の場合はTwitterでそうしたことをよく感じます。ツイートすると炎上しかけることがままあるんですが、単に悲惨な事件や現実についてそれが起こったと記述しているだけでも「あなたはそれを肯定しているんですか」みたいなリプライが来るんです。事実を口にすると、事実として存在するにもかかわらず、その事実ではなく不愉快なことを口にした私が悪いということになるわけです。

 経営会議でも、このままだとどう考えても予算達成できない状況で、誰かが「100%は無理でも97%を目指しましょう」と言ってしーんとなることがありますよね。全員が無理だとわかっていても「最後まで必達で頑張りましょう」と言うのがお約束のため、97%を認めた瞬間に「おまえは頑張りが足りない」と言われてしまいます。そんな非合理なことにやっていると、結局85%や90%で終わってしまうかもしれません。それよりは97%を目指したほうがいいですよね。

 要するに、記述的に語ることと価値判断を含んで語ることの区別がついていないわけです。サイエンスは記述的に語るための方法です。本書はまさに現実を認めたうえで主観を排して厳密な論理で語る方法について教えてくれています。「頑張りが足りない」といった非合理な言い分を排除するための手法です。

最後は美学が問われる

押久保:最後に、『確率思考の戦略論』をどう利用すればいいのかについて意見を聞かせていただけますか?

奥谷:森岡さんがやっていることはほとんどの人は真似できないと思います。ただ、ネット企業であれば確率思考、統計学の感覚も身につけておくべきでしょう。数字に強いと思い込んでいる人でも、実は過去の数字しか見ていない可能性があります。ですから、未来を見るためにこの数学マーケティングを使ってみてください。もちろんがっつりというよりは、ほどほどでいいと思います。

田端:AIやビッグデータなど定量的なデータでマーケティングを最適化していくのは世の中の流れです。しかしながら、ほとんどの企業はその弊害を心配する以前に、そもそもきちんと活用できていないのが現実です。まずはいったんそこまで到達する必要があります。

 最近、AI時代は数学やエンジニアリング、プログラミングよりも哲学に取り組んだ人間のほうが価値が高いのではないかという記事を読んで、なるほどと思いました。哲学は真善美の価値判断を行ってきました。そして、サイエンスは真の部分を担えるかもしれません。しかし、どれほどAIが進歩しても、ある物事が人間にとって善なのか美しいのかについては判断できないと思います。

 人間の不合理性をつく商品もあります。儲かるからビジネスとしては真でも、美しくはないでしょう。当然美しくある必然性はないんですが、最後は美学が問われるというのは頭の隅に置いて、本書を使いこなせればいいですね。

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