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翔泳社の本

「まず問いから始めよ」リサーチからイノベーションのアイデアを見つけるプロセスとは?


 いかにして「売れるアイデア」を見つければよいのか。大企業のボトムアップ型イノベーションをサポートしてきたMIMIGURIの安斎勇樹さんと小田裕和さんは、著書『リサーチ・ドリブン・イノベーション』(翔泳社)の中でリサーチの力を用いた方法論を解説しています。今回は本書から、「問い」をキーワードとするプロセスについて紹介します。

本記事は『リサーチ・ドリブン・イノベーション 「問い」を起点にアイデアを探究する』の「1.3. リサーチ・ドリブン・イノベーションの特徴」から抜粋したものです。掲載にあたって一部を編集しています。

イノベーションを「問い」から始める

イノベーションが生まれない本質的課題
(1)組織において「探究的衝動」が抑圧されていること。
(2)組織において「創造的自信」が失われていること。

 この2つの課題を乗り越え、「外から内(アウトサイド・イン)」アプローチと「内から外(インサイド・アウト)」アプローチのそれぞれのポテンシャルを活かす考え方が、本書で提案するリサーチ・ドリブン・イノベーションの考え方です。

 2つの課題を乗り越えるためには、まずアイデアの「起点」を見つめ直すところから始めなくてはいけません。

「外から内(アウトサイド・イン)」アプローチでは、アイデアの起点は「外側」にありました。したがって、ユーザーを丁寧に観察し、共感を重ねながら、解決すべき問題を特定し、ソリューションを生み出していく。しかしながら、アイデアの手がかりを「外」に求めすぎてしまうと、つくり手としての主体が失われ、“正解探しの病”に陥ってしまうリスクがあります。

 他方で、「内から外(インサイド・アウト)」アプローチで、「内に秘めたビジョンを提案せよ」と言われても、外的な後ろ盾がない中で、「これが自分のビジョンだ」と提案するには、一定の勇気が必要です。従業員一人ひとりが難なくそれができるのであれば、それはその時点で、すでにかなりイノベーティブな組織だと言えるでしょう。

 このようなジレンマに対して、本書が推奨するのは、「まず問いから始めよ」という提案です。

 いきなり創造的活動の“成果”に近い「ビジョン」や「ソリューション」を外か内から見つけ出そうとするから、評価に対する「恐れ」が働き、正解を外部に求めてしまったり、内なる意思が萎縮してしまったりするのです。

 そうではなく、自分にとって「疑問に思うこと」「わからないこと」「知りたいこと」から始める。これが、問いを起点としたリサーチ・ドリブン・イノベーションの第一歩です。

 小学生の頃、勇気がなくて「自由研究」ができなかったという人はいないはずです。アカデミックな世界に目を向けてみても、「時間がなくて研究ができない」という大学教員は山ほど見かけますが(笑)、「勇気がなくて研究テーマが立てられない」という人は、大学院生であっても、あまり見かけたことがありません。ジョン・デューイが、「探究的衝動」が全ての人に備わっていると指摘していたように、わからないこと、疑問に思うことは、誰にでもあるはずです。

 画期的な成果を「内」に求められるから萎縮してしまうのであって、誰にでも生み出すことができる「わからないこと(問い)」を、イノベーションの起点として大切にすること。これによって、組織の「探究的衝動」に蓋をせず、解放させること。これが、組織の「知の探索」を促進するリサーチ・ドリブン・イノベーションの1つ目のアプローチです。

リサーチ・ドリブン・イノベーションのアプローチ(1)
まず「問い」から始めることで、探究的衝動を解放させる。

 ここで言う「問い」は、日常のふとしたときに、偶発的に頭の中に立ち現れる「素朴な疑問」から生まれる場合もあるでしょう。これはいわば、「内から湧き上がる問い」です。あるいは他方で、既存のサービスやプロダクトたちを分析しながら、問いを意図的につくり出すことも可能です。これは、「外から導き出した問い」と言えるでしょう。

 理想的には、内から湧き上がる問いと、外から導き出した問いの、両方を兼ねた問いを設定できると、「外から内(アウトサイド・イン)」と「内から外(インサイド・アウト)」のアプローチを兼ね備えた、「探究しがいのあるタフな問い」を立てることができます。このあたりの実際の問いのデザインの方法については、第2章で詳述することにします。

データの力で、「創造的自信」を取り戻す

 しかしながら、「問い」から出発するだけでは、イノベーションを阻害するもう1つの課題である「創造的自信」の欠如は、解決しきれません。「わからないこと」から始めたとしても、それに対する明確な答えを「勇気」を持ってひねり出さなければ、アイデアには結実しないからです。アイデアを生み出すにはやはりつくり手の創造性が不可欠で、どこまでいっても「創造的自信の欠如」の問題は、つきまといます。

 私たち「研究者」は、これに対して明確な戦略を持っています。それは、「データ」の活用です。私たちが研究活動の成果として出版する論文のほとんどは、打ち立てた「問い」と、それに対する「答え」の間に、必ず何かしらの「論拠」が示されています。そして多くの場合、それは何かしらの「データ」によって成り立っています。

 イノベーションプロジェクトの場合は、活用可能なデータには、社会のトレンド、統計データ、アンケートの結果、観察記録、インタビューデータ、社内にアーカイブされた情報など、様々なものが考えられます。問いに対して納得のいく答えを出すためには、手がかりとしての何らかのデータが必要です。

 序論で述べた通り、答えの手がかりとしてデータを収集する行為そのものは「外から内(アウトサイド・イン)」ですが、研究者はデータそのものの中から答えを引っ張りだそうとはしません。正確に言えば、そう簡単にはデータから直接的には答えが導けないからです。

 実際には、データを様々な角度から読み解き、そこに研究者の視点から主体的な解釈を加えることで、自らの探究心を納得させられるように、「内から外(インサイド・アウト)」のプロセスで新たな意味を発見していく。イノベーションプロジェクトにおいても、この両方のベクトルが必要です。

 もちろんどれだけ膨大なデータがあっても、答えを出す際に「勇気」が必要なことには変わりありません。けれども、「知の探索」という不確実性の海に、無防備のまま放り出されて浮遊しているような状況に比べると、「データ」という錨があることは、創造的なプロセスに安心感と安定感をもたらしてくれます。

 確実な足場がないところで、私たちは力強く「跳躍」することはできません。不確実な世界の中で、できる限り高く跳ぶために、自信を持って「踏ん張り」をきかせるためにも、データは「知の探索」に必要不可欠なのです。

リサーチ・ドリブン・イノベーションのアプローチ(2)
データを足場とすることで、「創造的自信」の欠如を克服する。

ネガティブ・ケイパビリティで曖昧なデータに向き合う

 問いの力で探究的衝動を解放させ、データの力で「創造的自信」の欠如を克服すること。これが、イノベーションの阻害要因を乗り越えるリサーチ・ドリブン・イノベーションのアプローチです。しかしながら、まだこんな声が聞こえてきそうです。

 それでもまだ不安はゼロにはならない。データを「主体的に解釈」したところで、本当に良い答えにたどり着けるかどうか、わからないじゃないか。本当にヒット商品が生み出せるのか? 失敗するリスクがまだあるように思う。イノベーションの解が確実に出せる方法はないのだろうか?

 残念ながら、それに対する答えは「ノー」です。データが提供できるのは、あくまで跳躍するための「足場」まで。確実な成功を保証してくれるものではありません。データの取得に工夫を凝らすことで、リスクをできる限り減らすことはできるかもしれません。それでも、イノベーションの「不確実性」をゼロにすることは、どこまでいっても不可能なのです。

 それよりも、少しだけ発想を変えてみましょう。上記の不安は、全て「曖昧さ」に対するストレスからくるものです。心理学では、このようなストレスの耐性のことを「ケイパビリティ」と言います。ケイパビリティとは、資質や潜在能力を指す言葉ですが、具体的な技術的な能力よりも、どのような状況を受容しやすいのか、心構えやものの見方のようなニュアンスを含んでいます。イノベーションプロジェクトにおいて、チームメンバーの特性に以下の2つのケイパビリティが存在することを、理解しておく必要があります。

(1)ポジティブ・ケイパビリティ
目標を明確に掲げて、それを阻害する要因に対応することで、問題解決を推進する志向性。スピードが求められる膨大な情報処理的な業務に向いている。
(2)ネガティブ・ケイパビリティ
事実や理由を性急に求めず、不確実さ、不思議さ、懐疑の中にいられる志向性。時間のかかる創造的な業務に向いている。

 企業活動においては、イノベーションを除くほとんどの業務において、ポジティブ・ケイパビリティの高い人材が求められるように思います。目標を定め、適切な計画を定め、迅速に問題を解決し、PDCAを回していく。事業の責任者やマネージャーには、こうしたスピーディな意思決定力と力強い事業推進力が求められます。一般的にビジネスにおける「能力が高い人材」のイメージとしては、こちらが思い浮かぶケースが多いのでしょうか。

 ネガティブ・ケイパビリティは、むしろその真逆の特性です。ロジックやフレームワークでは答えが出せない「どっちつかず」の状況において、物事を決めないまま、不確実性の海に浮遊する時間を耐え抜けるような能力です。ネガティブ・ケイパビリティが高い人の中には、むしろ、そうした「よくわからない状況」のほうが、かえって心地良いという人もいるでしょう。

 速度と確実さが求められるビジネスの現場において、ネガティブ・ケイパビリティは一見不要のように思えます。けれどもイノベーションを生み出すための「知の探索」の観点からは、ネガティブ・ケイパビリティは、むしろポジティブ・ケイパビリティよりも重要です。むしろ、日々培ってきたポジティブ・ケイパビリティの高さは、「知の探索」においては足かせになる可能性すらあります。未だ見えていない「新たな可能性」を実験しながら探り当てることが、「知の探索」の本質だからです。

 本書『リサーチ・ドリブン・イノベーション』で提案する「データと向き合いながら納得解を発見するプロセス」は、まさにどちらに転ぶかわからない、不確実で曖昧な時間です。この時間に生まれがちなストレスを封じ込め、曖昧な状況をむしろ楽しむことができるかどうか。これが、リサーチ・ドリブン・イノベーションを成功させ、「外から内(アウトサイド・イン)」と「内から外(インサイド・アウト)」を両立させる重要な鍵になります。

 ネガティブ・ケイパビリティは、意識と経験によって、高めることができます。曖昧な活動にストレスを感じる人は、まず何よりも、自分がポジティブ・ケイパビリティ型の人間であることを自覚する。それは、「ゴールを事前に決め、早く正解を出す」ことが正しかった世界の価値観であることを自覚する。イノベーションにおいては、その価値観を捨て、ゴールがわからない不確実性の海に浮遊することを、楽しむ必要があることを、自分に言い聞かせる。その上で「AかBか」という二者択一の選択肢が目の前に現れたときに、あえて選ぶことを留保し、AとBについての意味を、様々な角度から捉え直す訓練を積み重ねる。

 このように「安易に結論を出そうとしない」ことへの意識と訓練を積み重ねることで、誰でもネガティブ・ケイパビリティは高めることができます

 ネガティブ・ケイパビリティを高めて、曖昧なデータと向き合うことを楽しむ姿勢を育むこと。これが「探究的衝動」を解放させ、「創造的自信」の不足を乗り越えるための、最後の必要条件なのです。

リサーチ・ドリブン・イノベーション

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リサーチ・ドリブン・イノベーション
「問い」を起点にアイデアを探究する

著者:安斎勇樹、小田裕和
発売日:2021年4月20日(火)
定価:2,200円(本体2,000円+税10%)

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MarkeZine(マーケジン)
2022/05/12 17:27 https://markezine.jp/article/detail/35981

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