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中の人が人気にならなくていい 森美術館のSNS担当者が見出したフォロワー数40万人への道筋

 森美術館のSNS運用を担当している洞田貫晋一朗さんがそのノウハウを書き下ろした『シェアする美術』(翔泳社)。SNSマーケティングにおいて「中の人」が注目を集めることも多い昨今、洞田貫さんは「必ずしも中の人が人気にならなくていい」と言う。では、森美術館ではどのようにして4年間でSNSフォロワー数を4倍の40万人超にしたのだろうか。その方法論について尋ねた。

 洞田貫さんが森美術館を運営する森ビル株式会社に入社したのは2006年。展覧会の企画や運営、広報などを経験したあと、2015年にSNSの担当者に着任した。

 その名前から想像できるかもしれないが、先祖は肥後熊本で刀匠をしていた一族だという。その関連もあり、2016年に森美術館で開催された「宇宙と芸術展:かぐや姫、ダ・ヴィンチ、チームラボ」では隕石に含まれる鉄(隕鉄)から作られた《流星刀》の展示を提案。『刀剣乱舞』に端を発する刀剣ブームを汲み取ったものだ。

 さらに同作にならって『ファイナルファンタジー』シリーズのキャラクターデザインを手がける天野喜孝さんに《流星刀》をキャラクター化してもらったところ、両作品のファンが展覧会の情報と一緒に拡散し、多くの人が来館してくれる結果となった。

 SNSを通じた話題作りとしては非常に強力な方法に思えるが、洞田貫さんはSNSでのバズだけを狙ってこの提案をしたのではなく、あくまで「宇宙と芸術展」に来館してもらうきっかけを作りたかったと強調する。その姿勢は本書『シェアする美術』で貫かれている。

 企業がSNSアカウントを運用するためのノウハウや心得は様々語られてきた。森美術館にもまた独自の方法論が存在する。Twitter、Facebook、Instagramを合わせて40万人超のフォロワーを獲得するに至ったその方法論を培ってきたのが洞田貫さんだ。今回、森美術館のSNS運用について尋ねる。

洞田貫晋一朗さん
洞田貫晋一朗さん:森ビル株式会社 森アーツセンター 森美術館マーケティンググループ
広報・プロモーション担当 シニアエキスパート

SNSでの認知度が来館者数に影響を与えるはず

 洞田貫さんがSNS担当者に着任した当時、TwitterとFacebookのフォロワー数は合わせて10万人弱(Instagramアカウントは着任後に開設)。決して少なくはないが、海外の美術館と比べれば見劣りがする数字だったという。当時の運用状況について、どういった課題を感じていたのだろうか。

 私が着任する以前はSNS専任の担当者がいなかったため、美術館として発信すべき最低限の情報が投稿されているだけでした。公式サイトに掲載している情報がほとんどで、よくある企業アカウントですね。情報発信としては間違っておらず、炎上もしない運用方法です。ただ、投稿のインプレッションやエンゲージメントは少なく、積極的に投稿を見たくなる状態ではなかったと思います。

 私がSNS運用を担当するにあたっても、今までのやり方を変えていくことは特に望まれていませんでしたし、変えないこともできました。ですが、森美術館らしい運用をしてフォロワー数を増やせれば、SNSにおける影響力によって来館者数をもっと増やすことができるのではと考えたんです。

 逆に言えば、SNSを通した来館があまりできていなかったことになる。その問題意識が洞田貫さんを奮い立たせたのは間違いない。けれど、社内や洞田貫さん自身に何らかのノウハウがあったわけではない。一体どのように手法を学んでいったのか。

 完全に手探りの状態から始まりました。試行錯誤といえばよく聞こえますが、失敗のほうが多かったです。もちろん森美術館や展覧会のイメージを崩すような大きな失敗はできないので、小さい試行錯誤を繰り返しました。反応のいいタイトルのつけ方、写真の撮り方、あるいは投稿の文字数やどこにURLを置くかなど、ほとんどすべて試行錯誤で学んでいったんですね。それでも効果が高かった方法を採り続け、なんとなくうまくやれる方法が見つかったという感じです。

 特に悩んだのは、美術館は展覧会の情報を発信しなければならない使命にあることです。およそ3ヵ月ごとに展覧会のテーマが大きく変わりますから、前回の展覧会と今回の展覧会でターゲットもまったく異なるんです。たとえば、現代美術の展覧会の次に建築の展覧会を行うこともあるわけですが、関心を持つ人は属性が違うので、いつも同じようなやり方でSNSを運用して効果が出るわけではありません。

 ですので、テーマごとに投稿の内容を工夫するのは重要です。他の企業でも商品ごとにターゲットが違うと思いますから、投稿を見てくれるであろう人をすべて一緒に扱ってしまうのは商品にとっても企業にとってもいいことではないでしょう。

 また、展覧会として想定していたターゲットと、実際にSNS上で反応してくれている人が異なる場合もあります。そういうときには軌道修正をして、別の告知方法を考えます。SNSはリサーチツールとしても使えることがわかったのも大きな学びでした。

森美術館のSNSフォロワー数推移

森美術館のSNSフォロワー数推移(『シェアする美術』より)

属人性を極力減らし、おもしろい投稿は狙わない

 本書で印象的なのは、SNSの運用にあたって「中の人が人気にならなくていい」と主張されていることだ。また、「インスタ映えやおもしろい投稿は狙わない」といった考え方も解説されている。

 企業のSNSアカウントといえば中の人が話題に上がることが多い。また、中の人が退職するにあたって適格な後継者が見つからずSNSアカウントを閉じようとする企業もある。中の人が人気になることについて、洞田貫さんはどう考えているのだろうか。

 森美術館としては、SNSアカウントを運用する目的は展覧会の認知拡大と、投稿をきっかけに来館してもらうことです。そのためにアカウントの中の人が人気になる必要はないと考えているんですね。中の人がおもしろいからフォロワーになってもらえたとして、そこから森美術館に来館してもらえるでしょうか。中の人が人気になることと来館意欲に火をつけることは違う方向になるのでは、と感じています。

 企業アカウントの中の人が人気になることは、正直に言うと森美術館としては難しいので羨ましさはあります。ただ、企業の名前を背負って運用しているはずですので、企業全体の姿勢がそのアカウントのイメージに紐づくのは危ういところもあると思います。

 たとえば、自社の商品に対して自虐的な投稿をすると、たしかにフォロワーには受けるかもしれません。でも、社内にはそれを必死に開発している方がいるわけですよね。そこでどのように社内で合意を取っているのかは純粋に気になります。

 自社商品のみを扱っているならまだその方向性も可能かと思うんですが、森美術館は作家やキュレーターを核とした展覧会を開催しているので、コンテンツが自社商品ではないんです。ですから、中の人が勝手に作品の印象を語ってフォロワーにそのイメージが染みついてはいけませんし、中の人が撮る作品の写真も過剰な先入観を与えすぎないようにしなくてはなりません。美術館としてできることの中で工夫しなければならず、その意味では必然的に今の形になってきたと言えますね。

 アカウントの属人性を減らすことにも利点はあります。特に、担当者の引き継ぎが比較的容易だという点です。もし私が誰かに引き継ぐとして、今のポリシーを守ってもらえれば中の人が交代したことに気づかれずに運用し続けられると思います。文章の作り方や写真の撮り方はそれぞれの個性が出ますが、そこでさり気なく中の人の感性を出していくのはいいことではないでしょうか。

 完全に属人性を排除してしまうと、単純に告知だけをするアカウントになって逆戻りしてしまいますから。もちろん、引き継いだ人がいきなり他の美術館を巻き込んでTwitter上で大喜利を始めるのは……やらないほうがいいですね(笑)。

 本書を読んでいて感銘を受けたのは、洞田貫さんが「基本情報を繰り返し投稿する」ことの価値を説いていた部分だ。基本情報とは、たとえば会社自体の情報や商品の情報、美術館であれば展覧会のテーマや開催期間など、本当に基本的な情報のことだ。同じことを何度も投稿するのは躊躇してしまうかもしれないが、それでも洞田貫さんは発信すべきだと話す。

 たしかに、同じ情報を何度も投稿するのはためらいがちです。私がその考えに至って今も実践しているのは、元々はFacebookの仕様に合わせるためだったんです。Twitterで1万人のフォロワーがいれば、投稿を見るか見ないかはおいてもほぼ1万人に届きえます。しかし、Facebookでは1万人のフォロワーがいても投稿が表示される人数は限られていて、1回の投稿では仕様上全員に届かないんですね。

 ですから、同じ情報でも初めて目にする人が一定数いると考えれば、何度も投稿することに大きな価値があります。Twitterでも投稿はどんどん流れていきますから、基本情報を繰り返し届けるのはやはり大事なことだと思います。展覧会が開催されていること、この期間に来館できること、そうした情報がしっかり伝わってこそ来館につながるはずです。案外反応もいいので、投稿する日や時間を変えるだけでも情報が届く人たちが違うんだと実感できます。

運用の指標とこれからの目標は

 このような運用方針を採ったとして、やはり企業として指標を定め、まだ社内での評価基準を設定する必要がある。本書では「フォロワー数よりエンゲージメント率が大切」と書かれているが、洞田貫さんはその前の段階としてインプレッションを追うことが欠かせないと言う。

 では、森美術館のSNSアカウントはどのような指標のもとに運用し、また社内で評価されているのだろうか。

 基本的には投稿のインプレッションを追うことが多いです。もちろんエンゲージメント率も重要ですが、まずは展覧会を知ってもらうことが必要だからです。特に現代美術の展覧会を知ってもらうのはとても難しいんですよ。現代美術自体がまだまだ日常的な存在とは言いがたく、皆さんが普段接触するメディアにはあまり情報が掲載されていないと思います。そのためインプレッションを重視しています。

 そしてそのうえで来館してもらわなければならないわけです。ここでエンゲージメント率が大切になるんですね。まず基本情報を伝えることで存在を知ってもらい、時間をおいて来館意欲を高めるために作品の写真などを投稿します。

 SNS運用に関する評価は具体的に指標を定めてという体制ではまだないんですが、おかげさまで2018年の美術展覧会入場者数で1位に「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」、2位に「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」と、森美術館が開催した展覧会がランクインしたことで(『美術手帖』調べ)、社内では相応の評価を受けています。SNSへの期待感も増していますね。

 また、森美術館の会員を増やすにあたってSNSをどのように活用するかといった議論も起こるようになりました。以前は何かプロジェクトや企画を進めるとき、SNSの存在感はないに等しかったんです(笑)。そこにSNSが当たり前のように介在するようになり、さらに「こういったことを投稿してほしい」という社内からの依頼も増えました。社内でメディアとしての地位が確立されているのを感じますね。

「社内でメディアとしての地位が確立された」というのはSNSの重要性を示すうえで象徴的な言葉だ。繰り返すように、森美術館は3つのSNSを合わせるとフォロワー数が40万人を超えている。国内の美術館としては随一。では、今後はどのような目標をもって運用していくのか。最後に、洞田貫さんに訊いてみた。

 数字としての目標は、総フォロワー数50万人です。この数字は私が着任当時に海外の美術館と比べて見出したものなので、深い根拠があるわけではありません。それでも、10万人弱から始まってようやく40万人を超えました。

 本書ではフォロワー数は大切ではないと書いてありますが、それは最低限自社にとって必要な影響力を持てるフォロワー数を獲得していることが前提です。いくらエンゲージメント率が高くても、フォロワーが数十人では影響力はありませんよね。それに、フォロワーが多いということはファンが多いということでもありますから。

 また、森美術館の来館者は20代と30代が非常に多いんですが、この年代の方に繰り返し来館してもらうだけでなく、どんどん新しい来館者に来てもらう必要があります。ターゲットが変われば今のやり方がいつまでも通用するわけではありません。こちらとしても手法を改めていかなければなりませんし、なにより現代美術を鑑賞する文化をより身近なものにしていくことが森美術館の使命です。そこでSNSが果たせる役割は大きいと考えています。

 森美術館のファンになってもらうこと、そして現代美術のファンになってもらうこと。集客だけでなく、ファンを作って現代美術を普及していく、これが最も大きな目標です。

 本書『シェアする美術』は洞田貫さんがこの4年間で培ってきたSNSマーケティングのノウハウを丁寧に棚卸しした1冊だ。今回話してもらったエッセンスがより広く、そして深く掘り下げられているので、SNSアカウントの運用に関して課題を感じている方はぜひ参考にしてみてもらいたい。

「イントロダクション 「レアンドロ・エルリッヒ展」 成功の舞台裏」の試し読み

シェアする美術

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シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略

著者:洞田貫晋一朗
発売日:2019年6月12日(水)
価格:1,728円(税込)

本書について

本書では、森美術館がこれまで取り組んできた展覧会におけるさまざまなSNSの取り組みを紹介しています。現代アートにおけるプロモーションの最前線を知っていただきながら、アートとSNSの相性のこと、多少の失敗談など、楽しみながら読んでもらえる内容になっています。

 

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この記事の著者

渡部 拓也(ワタナベ タクヤ)

 翔泳社マーケティング課。MarkeZine、CodeZine、EnterpriseZine、Biz/Zine、ほかにて翔泳社の本の紹介記事や著者インタビュー、たまにそれ以外も執筆しています。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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MarkeZine(マーケジン)
2019/06/27 14:53 https://markezine.jp/article/detail/31286

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