ツール選びの基準は「スピードと汎用性の高さ」
――3Dツールにもさまざまな種類がありますが、どのように選定したのですか?
CADソフトのなかで制作してみるなど、シューズのバーチャルサンプル作成にはさまざまなアプローチが考えられたため、検討を重ねました。最初に活用したのは、3Dモデリングソフト「Modo」でした。Modoはポリゴンモデル制作には優れたソフトで、非常に効率的にモデル作成を行うことができるのですが、使い慣れると、Modo単体では難しいと感じる要素も浮かび上がってきました。
リアルなシューズのバーチャルサンプルには、材料のつぶれや歪み、柔らかいミッドソールに入る皺など、ディテールを表現することが非常に大切です。これらのディテールを表わすために、Zbrushという3Dソフトで、ディテールをモデリングしていた時期もありました。Zbrushは粘土をこねるような操作感覚のソフトで、細かい有機的な意匠を造形するのにとても適しています。
ただ、シワのような細かいディテールを1つひとつモデリングで入れていくと、いくらZbrushを使うといえども制作にかなりの手間がかかります。デザインに修正を加える場合も非常に大変です。また、細かい凹凸が入った3Dのモデルはハイポリゴンになり使いどころが限られるため、非常に汎用性が低いバーチャルサンプルになってしまいます。
私たちの作成するバーチャルサンプルは開発時の商品検討だけでなく、マーケティングへの活用、アニメーション作成、ウェブでの3D閲覧といった幅広い用途で用いることを目指していたため、可能な限りローポリゴンのままモデルを作成したかったんです。
そこで導入したのが「Adobe Substance 3D Painter」です。これを使って、シワやステッチ(縫い目)などのディテールを、テクスチャー情報として書き込むようにしました。ディテールの書き込みスピードは格段に速くなったうえに、この方法であればデザインの修正が発生したとしてもモデル自体の修正を行うことなく、テクスチャーの中だけで簡単にデザイン修正を行うこともできます。また出来あがるバーチャルサンプルのデータも、ローポリゴンかつ汎用性が高いものになりました。
――最後に、今後の展望についてお聞かせください。
個人的な展望としては、3Dを活用したアバターやキャラクター制作にも取り組んでいきたいです。昔から自身のデザインしたシューズにイメージキャラクターを描いたりすることがあったため、製品に合ったキャラクターを制作したり、シューズの世界観を3D空間で再現するなどしたらおもしろいのではないかと思っています。
一方、私たちが目指しているのは、スケッチ段階から最後のマーケティングにいたるプロセスすべてで3Dを活用することです。ただ、物としてのサンプルをまったく制作しなくなることはありません。私たちが作っているのはスポーツシューズ。実際に形にし、選手に履いてもらい、フィードバックを得て改良するといった工程は欠かせないためです。こういった機能検証と3Dを活用したデザイン検証を、別軸で同時に行っていく開発フローも、現在整えているところです。
またゴルフクラブやバットなどの「用具」、「アパレル」などシューズ以外の部門にも3D技術を広げていくことも、組織として行っていきたいですね。すでに、シューズのプロモーションムービー制作にバーチャルサンプルが活用されたり、私たちが作成したバーチャルサンプルをレンダリングした画像が一部のカタログで用いられたりしています。そういった、より多くのお客さまとのタッチポイントで、3Dデータを活用していくための社内のサポートも、積極的に行っていけたらと思っています。
——中村さん、ありがとうございました!