日本マイクロソフトのエバンジェリストとして活躍する西脇資哲さんの新著『新エバンジェリスト養成講座』が、10月13日(火)に刊行されました。大人気の「エバンジェリスト養成講座」と同名の前著から4年、社会状況の変化や西脇さん自身の進化を踏まえ、大幅にアップデートされたのが本書です。
プレゼンといえばスティーブ・ジョブズやTEDを思い浮かべてしまうかもしれませんが、西脇さんがおっしゃるのは、日常のプレゼン術が大事だということ。普通に仕事をしている方にとって、TEDのような大舞台はそうそうなく、しかし毎日のように会議や営業先でプレゼンを行なわなければなりません。
本書はまさに、そんなプレゼンを成功させるためのテクニックの粋がたっぷり詰め込まれています。では、前著と比べて何が変わったのか。なぜ以前と比べてこれほどプレゼンが注目されるようになったのか。今回、新著の刊行を記念し、西脇さんにお話をうかがいました。
※読み進める前に、ぜひ西脇さんのプレゼンをご覧いただければと思います。こちらからどうぞ!
プレゼンの目的は伝えることではなく、相手を動かすこと
――前著ではプレゼンの目的を「伝えること」だと説明されていましたが、本書ではそこから発展し「相手を動かすこと」であると大きく変化しています。これはなぜなのでしょうか。
西脇:前著ではプレゼンの認知を広めることが大きな目的だったので、プレゼンというもの自体を前面に出さなくてはいけませんでした。プレゼンやエバンジェリストへの関心がまだ高くなかったんです。ですが、そこから4年経ち、世の中の流れもプレゼンが大事だという方向になってきました。
その中で講座もレベルアップし、私自身も進化してきましたので、以前よりもっと厳密にプレゼンを定義することができるようになったんです。キーワードは2つ。相手を動かすこと、そしてそのためのテクニックである視点誘導です。
――西脇さん自身が進化した、そのきっかけは何だったのでしょうか。
西脇:数年前まではプレゼンをすることに一生懸命になっていました。そんなときに始まった翔泳社のエバンジェリスト養成講座では、プレゼンをすることではなく教えることが目的になったんです。そうすると、そもそもなぜプレゼンをするのかというところを掘り下げていかないといけません。でなければ本質に辿り着かないなと思ったんです。
そのうち、プレゼンの目的が見えてきました。「ああ、相手を動かすことか」と。スライドもプレゼンのために作っているのではなくて、相手を動かすために作るんです。さらにはプレゼンもまたその材料の一つだと考えるようになってきたんです。プレゼンをすることが目的の場合と比べて順序が逆ですよね。
講座は内容も受講者もレベルアップしている
――新著、また前著でもそのベースとなったエバンジェリスト養成講座は、200人の定員が満員になるほど人気の講座になりました。2011年当時と比べて、西脇さんはご自身や講座の変化をどうお考えですか?
西脇:自分のプレゼンのレビューはかなり細かくやっているんですが、それを繰り返してきたら、いまお話ししたように目的意識が変わってきました。昔は、講座ではプレゼン自体を広めるだけでよかったんですが、いまでは受講者の方にプレゼンがうまくなってほしいという気持ちがあります。
ですから、本の内容も新しくしなければならなくなりました。より進化して成長し、中身が濃いものになってきましたね。私自身の成長もあると思いますので、その点を見てほしかったというのもあります。
――講座の受講者は西脇さんの目的意識を感じられているのでしょうか。
西脇:昔は「プレゼンって何」「エバンジェリストって何だろう、面白そう」という方が多かったんです。ところが、いまはプレゼンがうまくなりたい、エバンジェリストになりたいという目的意識の高い方が増えました。リピーターも多いんですよ。口コミで参加される方もかなり増え、アンケートによると4分の1が口コミがきっかけで参加されています。
昨今はプレゼンや「伝えること」をテーマにした本も多いですよね。プレゼン本や講座が飽和しつつある中で、よそとは違うことを学びたい方が集まってきています。
なぜプレゼンがこれほど注目を浴びるようになったのか
――受講者の皆さんがそうであるように、世の中がこれほどプレゼンに注目するようになったのはなぜなのでしょうか。プレゼンを面白いと思っている方も多いようです。
西脇:1つ目は著名人のかっこいいプレゼンが実際に目に見えるようになったことです。プレゼンはかつて記者や招待客しか入れない場で行なわれていましたが、いまやスティーブ・ジョブズや孫正義さんのプレゼンを誰でも見れるようになったじゃないですか。そのすばらしさを目の当たりにし、かっこいいと感じる方が増えていったんです。
2つ目は2013年秋に行なわれた東京オリンピックの招致活動が成功したことです。あのとき「プレゼンで勝った」と言われたように、プレゼンがクローズアップされました。
3つ目はTEDの出現です。この3つはIT業界が牽引しているように見えがちですが、それに限らずアカデミック、エデュケーション、マーケティング、プロモーション、PRという領域にもプレゼンテーションが広まってきたのではないかと思います。
また、それらが動画で見られるというのが大きいですね。これからの世代はみんな動画ですよ。テキストで物事を伝える時代は終わります。インターネットトラフィックもいまはVineとMixChannelがInstagramを超えて最大になりましたから、やっぱり動画、やっぱりプレゼンですよ。
――NHKの番組『スーパープレゼンテーション』ではTEDの各講演の内容ではなく、タイトルどおりプレゼン自体が取り上げられていました。これにも時代性が表れているように思いました。
西脇:演出も取り上げられていましたよね。プレゼンをメジャーに押し上げ、「輝かしくてかっこよくてクールで素敵」と、プレゼンに対する堅苦しいイメージを完全に消してしまいました。
ただまあ、本書にも書いてありますが、TEDのプレゼンを目指してはいけません。あんなシーンは日常にありませんから(笑)。全員がTEDのようなステージを持っているわけでもないので、ぜひ本書で日常のプレゼンを学んでください。
グルーバルで活躍したいなら、日常のプレゼン術を学べ
――「日常のプレゼン」は印象的な言葉です。プレゼンというと真っ先にスティーブ・ジョブズやTEDを思い浮かべる方も多いかもしれません。
西脇:ジョブズを目指すと到達点が高すぎます(笑)。しかも、ジョブズはプレゼンがうまいというよりは、カリスマ性が高いんです。カリスマ性の高い人がプレゼンをしているからかっこよく見えるんですよ。孫さんもそうです、孫さんが喋っているから聴いてしまうわけです。カリスマ性のない人がいくら喋ってもダメですね(笑)。だから本書でプレゼンの基礎を学んでほしいんです。
私はいろんな国のプレゼンを観たり指導したりしているんですが、中国人とインド人は非常にうまいですね。中国人は押しが強いのもあって主張が上手で、インド人は英語がネイティブなのでプレゼンがうまい。しかし、日本は控えめでおとなしく、落ち着いていて、英語も話せない……絶対に負けます。だからこそ、プレゼン能力を伸ばさないとグローバルではやっていけません。
グローバルで活躍したいなら、プレゼン能力は欠かせません。このことを若い世代に伝えていきたいですね。10代、20代の学生、アントレプレナーに積極的に学んでほしい。ところが実際には、彼らはプレゼンに対して刺激されていないことが多く、その場もあまりありません。社会人のほうがプレゼンの機会は多いですからね。実は前著も、手に取って読む方は社会人が多かったんです。
観衆との一体感を高めるプレゼン手法
――少し話は変わりますが、観衆を前にしたプレゼンと、カメラに向かって行なうプレゼンではどういった違いがありますか?
西脇:後者はめちゃくちゃ難しいです。お客さんの反応が分からない。聞いているのかも分からない。自分が浮いているかすら分かりません。つまり不安に陥る要素が多いんです。そもそもカメラを見たほうがいいのかも分かりませんよね(笑)。だから、動画でのプレゼンは通り一遍のコンテンツになってしまうんです。
カメラに向かって話すプレゼンは得意ではありませんね。どうしても、というときはカメラの向こうに誰か立ってもらいます。ですが、それよりもイベントを撮影しに来てもらいたいですね。リアリティもありますし、聴いている方との一体感は大事です。プレゼンがうまい人は一体感を作っています。それがなければ一方的な説明になってしまいます。
一体感、要するに「あたかも双方向があるようなプレゼン」にするにはどうすればいいのか。それは多くの人が課題として抱えています。本書にはそのためのテクニックが書かれています。お客さんとあたかも会話しているかのような、一体感を高める手法です。さらに講座ではもっとたくさんのことをお伝えしています(笑)。
お手本は池上彰、橋下徹、みのもんた、高田社長
――日本でもTED的な舞台でプレゼンをされる方は大勢いらっしゃいますが、そうした方のプレゼンを西脇さんはどんなふうに見られていますか? ここがよくない、ここはいいな、と思うことはありますか?
西脇:めっちゃくちゃあります。他人のプレゼンが気になって仕方ないです。テレビ番組すら気になります。ですが、テレビはテレビで演出もあるし自分にはあまり関係がないので意識していません。
イベントや展示会で他人のプレゼンを見ると、「下手だな」「うまいな」と思うことはよくあります。その人には言いませんが(笑)。すべて自己成長のために役立てます。プレゼン能力を磨くには、どれだけ他人から吸収できるかですからね。
――この人からは学んだな、という方はいますか?
西脇:やはり池上彰さんと橋下徹さん、それからみのもんたさんですね。池上彰さんのテクニックは本書でも紹介していますが、なにより視点誘導と助詞の使い方がうまいんです。「だから」と言うだけでも抑揚をつけますよね。
橋下徹さんは強い口調を使います。「そこ、聞いてる?」と記者会見でも言いますよね。みのもんたさんは繰り返しの帝王です。視聴者に向かって「奥さん、奥さん、聞いてください」と必ず2回言うんです。三者三様で、すごくたくさん学びました。
あとはジャパネットたかたの高田社長。そのテクニックは本書でも説明しました。
――続きはぜひ『新エバンジェリスト養成講座』で……ということで。本書を読んだ方にも、そういう方から学ぶことはおすすめできますか?
西脇:勉強になります。ですが、どこを学べばいいかは分かりづらいかもしれません。皆さん特別なキャラクターを持っていますから、そこに気を取られてしまいます。芸風のように見えるところと、使えるテクニックの区別がつきにくいんです。かといって高田社長の声や服装を真似てもしょうがない。じゃあ何を学べばいいのか? それは本に書いてあります。
まずはプレゼンの基礎を学びましょう
――やはりまずはプレゼンの基礎を学んでほしいということなんですね。
西脇:もともとその人にキャラクターやカリスマ性があればいいんですが、ほとんどの人にはありません。ですから、基礎的な勉強をして底上げをしないといけないんです。高田社長、池上彰さん、橋下徹さん、みのもんたさん、それから綾小路きみまろさんもうまいですよね。私は何度も繰り返してビデオを観ました。日本で一番ジャパネットたかたのテレビショッピングを観ているかもしれません。買うわけではなく、プレゼンの研究で(笑)。
その成果を本書にまとめましたので、皆さんはそこまで観続けなくてもいいんじゃないでしょうか。
――本書が西脇さんの膨大な時間が詰め込まれた一冊だと思い知らされます。日々のプレゼンを成功させたい皆さん、日本一のエバンジェリストが導き出した答えはそこにあります!
※ちなみに今回の取材でも、西脇さんは著書にあるテクニックをふんだんに使われていました。数えるときは指を折る、ウェブページが開くまでの間も沈黙にしない、発言をおさらいし繰り返す、つかみで自虐ネタを披露(本書によればこれは最終手段とのことですが)などなど。また、話している最中にも何度か名前を呼ばれ、西脇さんの顔と話に意識を向かせられました。いつどんなときでも本気の西脇さんに感服いたしました。