AIの出す理想解から人間の納得解を導き出す
―― DMなどの施策で実際に手応えを感じる一方で、AIが導き出したリストやロジックが、長年の経験を持つ現場の感覚と合わないといった「壁」はなかったのでしょうか。それをどう乗り越えられたのか、詳しくお聞かせください。
再春館 古江:特に印象的だったのは、休眠顧客向けのスリープDMです。長年のマーケティング経験から、暗黙知として「この層のお客様にはこういうメッセージが響きやすい」という認識が社内に存在しています。
AIが算出したリストを現場が信頼できなければ、施策は実行できません。AIが出した「精度はいい」という特徴量に対しても、「これでは説明できない」と納得がいかない部分が多く、解釈性についてGROWTH VERSE様と徹底的に議論しました。
議論の末、私たちは「AIの理詰めは不可能」という結論に至りました。そこで、AIが導き出したリストを集合体として見るのではなく、ランキング上位のお客様を「一人ずつ」画面で確認し、過去の経験則と紐づくかを検証する手法を取り入れました。
トップ10のお客様を見て「これは絶対に送るべきだ」と現場が納得できれば、全体に対してAIの判断の「強弱」を理解できます。こうして、暗黙知とAIのロジックを融合させることで、ようやく手応えを感じる結果が見えてきました。
再春館 園田:現場が計画していた取り組みとAIの提案が衝突する場面もありましたが、乗り越えられたのは、AI勉強会で全社のAIリテラシーが上がっていたことと、管理職層に「AIは興味深い」という風土が生まれていたことが味方になってくれたからです。
再春館 園田:さらに、古江が「AIの翻訳者」として非常に長けていたことも大きいです。AIが導き出した複雑なデータを、企画職や現場の人が「お客様お一人おひとりを見てみると、こういうことだよね」と納得できる言葉に変換してくれたのです。
GV 葉山:私たちGROWTH VERSEも、「ラストワンマイル」を埋めることに注力しました。AIの汎用技術は80%までをカバーしますが、残りの20%を埋めないと成果は生まれず、そのためのノウハウやテクノロジーを当社は有していると思います。
GV 島:私たちは単にモデルを提供するだけでなく、現場の感覚にフィットさせるためにディスカッションやヒアリングを行いモデルのアップデートも何度も行います。あるモデルについては、そのバージョンアップが28回になることもありました。また、あえて精度を追求せず、解釈可能な特徴量に絞ることで、現場目線で共感・運用しやすいモデルを構築しました。私たちは外部ベンダーではなく、パートナーとして寄り添うことを最も大切にしています。
CV率向上と「AIは私たちの味方である」という文化の醸成に成功
―― AI活用を通じて、定量・定性両面でどのような成果が得られたのかをお聞かせいただけますか。特に現場の働き方や役割に起きた変化についても知りたいです。
再春館 古江:一番は、AI活用で得られた余剰の時間を、もっとお客様を知る時間に充て、さらなる好循環を生み出せたことだと思っていますが、定量的な成果としては、休眠顧客向けのDMのコンバージョン率が20%アップ、リピートをやめてしまう可能性のある顧客へのメール施策での抑止効果が18%という具体的な違いを出すことができました。粗利でいうと約1億円の貢献です。これは、AIの力を借りて、長年のデータ資産を最大限に活用できた証だと考えています。
定性面で言えば、機械学習との向き合い方そのものが変わったことです。これまでは、お客様お一人おひとりに向き合うという哲学から、お客様を面で捉える際には多大な労力と時間をかけていました。
それが、大事にしたい部分はそのままに、データ活用によって「より効率的にできる」という兆しが見えてきたことが、非常に大きな変化です。人手不足という社会的な課題に直面する中でも、会員数を増やし、事業を維持していくための持続可能なマーケティングの方向性が見えてきました。
再春館 園田:現場の働き方も劇的に変わりました。特に印象的なエピソードとしては、しばらく足が遠のいているお客様へのDMです。
以前は長年の経験から「この条件のお客様にお送りするのが効果的だ」という、いわば”職人の勘”のようなものを頼りにリストを作成していました。しかし、AIが導き出したのは、私たちの想定とは全く異なるお客様のリストでした。
そのリストを見た現場社員は、「本当にこのお客様にお送りしてお喜びいただけるのだろうか」と、AIの提案に対して半信半疑でもありましたが、AIを信じてDMをお送りした結果、CV率が20%向上するという実績につながりました。
再春館製薬所の想いやこれまでの経験も踏まえたうえで、人では気付けなかったポイントを見つけ出してくれたことで、現場社員は「よりお客様の心に響くお手紙の内容を考えられる」など、再春館製薬所が大事にしたい部分により集中できるようになりました。
再春館 古江:また、生成AIはもはや全社で当たり前のツールです。会議の議事録作成や社内資料作成はもちろん、手書きのお手紙を書く部署が、「AIに処理させるデータ」を自ら蓄積し、よりきめ細やかな文書作成に活用しています。あくまでAIはサポート役であり、社員は「AIを使いこなす主役」として成長する文化が根付いています。

