日本市場の課題:EC化率の低さと市場分散をどう克服するか
翻って日本市場に目を向けると、米国とは異なる構造的な課題が浮き彫りになる。杉原氏は日本の特殊性として、市場の分散性とEC化率の低さを指摘した。
米国ではWalmart、Target、Albertsonsなどのトップ4社で食品小売市場の約40%のシェアを占めるが、日本ではイオングループ、セブン&アイHDなどを合わせてもトップ4のシェアは約26%に留まる。地方には強力なローカルスーパーが存在し、市場が細分化されているため、単独で大規模なメディアネットワークを構築しにくい土壌がある。
さらに決定的な違いは「EC比率」だ。国土が広く、まとめ買い文化のある米国と異なり、日本は生活圏にお店が密集しており、生鮮食品への品質要求も高く、少量を高頻度で購入するスタイルが定着している。
「日本は店舗が便利すぎるため、ECを利用する相対的なメリットが小さかったのです。そのため、Amazonや楽天といった総合ECプラットフォームが先行して強くなり、小売単体のEC化が遅れました。EC比率が低いということは、デジタル上の広告在庫や接点が少ないことを意味します。米国と同じやり方をそのまま持ち込んでも、一足飛びに同じ規模の売上を作ることは難しいのが現実です」(杉原氏)
また、IT人材や広告事業を担う専門人材の不足も深刻だ。米国のAlbertsonsではリテールメディア部門だけで180名規模の体制を敷いている一方、日本の小売企業では数名で兼務しているケースも珍しくない。杉原氏は、日本市場においては「質とボリュームの両担保」が最重要課題であり、戦略的なアプローチが必要だと警鐘を鳴らす。
小売のロードマップ:在庫なき参入の危険性と経営の覚悟
続いて杉原氏は、これからリテールメディアに取り組む、あるいは再構築を検討する小売企業に対し、Phase0からPhase6までのロードマップを提示した。
特に強調されたのは、Phase0の「事業意義の定義」とPhase2の「媒体設計」だ。「流行っているからやる」ではなく、粗利改善なのか、データ活用なのか、目的を明確にする必要がある。そして最も重要なのが「売るもの(在庫)があるか」の棚卸しだ。
「とりあえずやってみようと参入したものの、広告在庫がなくて売るものがない、という失敗ケースが少なくありません。オンサイト、オフサイト、店舗を含め、十分なボリュームとクオリティの在庫を確保できるか、事前の設計が不可欠です」(杉原氏)
そして、成功の鍵を握るのが「経営陣のコミットメント」である。リテールメディアは全社的なDX(デジタルトランスフォーメーション)であり、組織横断的な連携が必要となる。しかし、メディア事業の特性上、成果が出るまでには時間がかかる。
「経営陣にお願いしたいのは、短期での成果を求めすぎないことです。『1年で成果を出せ』と言われても、この事業モデルでは不可能です。KPIは3年から5年の中長期スパンで設定し、組織体制をじっくり構築していく。その覚悟とコミットメントがなければ、リテールメディアは成功しません」(杉原氏)
