生成AIとDXの本質的なつながり
企業での生成AI導入が進み始めてから、「DX」という言葉の輪郭が、これまで以上に曖昧になってきた。生成AIも広い意味では本来IoTなどのDXの一部なのである。生成AIを導入し、使っている人も増え、業務効率も改善しているであろう。しかしその発想はMAツールを導入したのと同じ感覚の人も多いのではないだろうか? 実は多くの組織では、生成AIを導入してもDXが起きている実感を持てていないようだ。
この違和感は、偶然ではなく取り組みが間違っているからではなかろうか? これまでのDXは、デジタル化・自動化・効率化といった文脈で語られることが多かった。既存業務をデジタルに置き換え、コストを下げ、スピードを上げる。そして人間のミス、ヒューマンエラーを少なくすることも実現されてきた。これは第一段階としてはある意味当然であると考える。しかしそれは「デジタル化」であり、「真のDX」ではない。そのアプローチ自体は正しく、素晴らしい進化ではある一方で、生成AIの登場によって変化する領域の一部にしか過ぎないのだ。
拙著『マーケティング視点のDX』には「デジタル化とDXの違い」を掲載しているが、2020年当時はまだ生成AIは登場していなかった。


生成AIは、単に「作業を代替する技術」ではない。人が考え、判断し、決めるプロセスそのものに介入できる技術であり、対話をしながら新しいワークフローやアイデア、フィードバックまでも得られる技術なのである。
今までの人類史上、自分と別の主体として対話ができる技術があっただろうか? FAQツリーのようなドライなものしかなかったのではなかろうか? だからこそ、生成AIはDXを「ツールとして加速」させると、DXが成立していない組織を浮き彫りにすることになるのだろう。
生成AIが組織に浸透しない最大の理由
生成AIが組織に浸透しない最大の理由は、それが従来のMAツールやSEOツールのような「便利な技術ツール」として理解されてしまう点にあるからだろう。新しい技術を導入する瞬間、多くの現場では「既存業務をどう効率化するか」「どの作業を置き換えられるか」という発想に引き戻されてしまう。しかし、生成AIは、そのような延長線上におくべき技術ではない。生成AIが正しく浸透しない理由、それは性能不足でも、活用ノウハウ不足でもない。むしろその逆であると考える。
多くの企業では、「人が考え、判断し、決める」ことを前提に、業務プロセスや役割分担が設計されてきた。そこに生成AIを後付けで組み込もうとすると、どうしても“便利な補助ツール”として扱われてしまう。生成AIが存在する前提で考えるなら、業務や組織の設計は必然的に変わらざるを得ないのではなかろうか。なぜなら生成AIは、単なる作業補助ではなく、人と対話をしながら思考を進めていく存在だからだ。
生成AIは、人と対話をし、仮説を一緒につくり、フィードバックを返し、必要な情報を考え、次に取るべきステップや、抜け落ちているプロセスまで示してくれる。つまり、業務や意思決定の周辺に常に伴走する存在なのである。その意味で生成AIは、何かを命令して動かす対象ではなく、一緒に事業や施策を構築していく「共に働く存在=思考の共働者」と捉えるほうが実態に近い。
しかし、この捉え方は、これまで生成AIを「便利な技術ツール」として扱ってきた人ほど、かえって理解しづらいようだ。スタンフォード大学のJeremy Utley客員教授は、「ツールとして技術を理解してきた人ほど、新しい技術の本質を見失いやすい」という指摘をしている。
実際、筆者が関わった「スタンフォード式 生成AI BootCamp」でも、生成AIとの関わり方によって、理解の深まり方に明確な差が見られた。業務での利用が定番化し、「ツールとしての使い方」が固定化していた参加者ほど、研修の深部に入りにくかったのである。そういう人は逆にアンラーニングが必要で、今まで持っていた概念を一旦なかったことにすると、みるみる新しい"共働"関係性を生成AIと結べ、大きな成果を上げることができるようになっていった。
ここまで生成AIを「個人」や「組織」の文脈で捉えてきたが、この変化は本当に、その範囲にとどまるのだろうか。生成AIが思考の共働者としてマーケティングの現場に入り込んだとき、変わるのは作業効率やアウトプットの質だけではないだろう。むしろ、マーケティングという営みそのものが、これまでとは異なる役割をも内包できるという変化が起きている。
