炎上リスクは想定内。批判を「語り」に変える緻密な設計
もちろん、このキャンペーンには賛否がある。実在の著名人を想起させるビジュアルを広告に使用すること自体、倫理的・法的にグレーな領域を含む。Shah氏のコメントからも分かるように、キャンペーンに登場する人物本人への個別の許諾取得について、積極的に言及されているわけではない。
しかし重要なのは、Equinoxがそのリスクを認識したうえで企画を成立させている点だ。AI生成であることが明確に分かる表現にとどめていること、風刺的・象徴的な使い方に限定していること、そして何より、ブランドの文脈と強く結びついたメッセージを伴っていること。これらが重なり、「危うさ」はあっても「雑さ」は感じさせないラインを保っている。
結果として、この広告は「不快だ」「やりすぎだ」という批判と同時に、「意図が分かる」「今の時代をよく表している」という評価を呼び、SNSやメディアで語られる存在となった。拡散された理由は、炎上そのものではなく、語るべき文脈が用意されていたことにある。
過激さではなく「構造」を盗め。AI時代に記憶に残る広告とは
Equinoxの事例を、そのまま日本企業が再現することは難しいだろう。文化的背景も、法的な許容範囲も異なる。しかし、このキャンペーンから学ぶべき点は明確だ。
それは、過激な表現やAI活用そのものではない。
- 一瞬で意味が伝わる対比構造
- AI時代だからこそ共有される問いを捉えていること
- 賛否が生まれる前提で、メッセージとブランド文脈を設計していること
生成AIが当たり前になった今、クリエイティブに求められているのは「安全にまとめること」ではなく、「何を語らせたいのか」を明確にした構造づくりである。Equinoxの広告は、そのことを強く示している。
AIが進化し続ける時代に、人の記憶に残る広告とは何か。そのヒントは、意外にも“AIっぽさ”を隠さないところにあるのかもしれない。
