予算の壁を越える、非エンデミックと「オーディエンス」の価値
リテールメディアの成長を阻む壁は、メーカーの販促費の枯渇にある。既存の商流内でのパイの奪い合いから脱却するためには、「商品を置いていない企業(非エンデミック)」の広告予算を獲得する必要がある。ここでは高級百貨店Nordstromと、家電量販店大手Best Buyの非エンデミックな取り組みを紹介したい。
Nordstromの事例:店舗イベントのメディア商品化
高級百貨店Nordstromは、店舗という空間自体をメディア化し、新たな収益源を開拓している。同社で全メディア支援(Support all media)を統括するAaron Dunford氏は、写真関連サービスShutterflyとの提携事例を挙げた。
ShutterflyはNordstromで商品を販売していない。しかし、Nordstromが抱える「高所得で感度の高い顧客層」へのアクセスに価値を見出し、広告費を投下した。これは「物販」の収益モデルではなく、店舗資産と顧客基盤を貸し出す「メディア」の収益モデルへの転換だ。
「Shutterflyと提携し、無料のサンタクロース撮影会を提供した。これはリテールメディアによってもたらされた、顧客生活への価値付加だ。5年前、10年前のリテールメディアとは大きく異なる」
出典セッション: How retail media is navigating its first economic crisis(リテールメディアはいかにして初の経済危機を乗り越えるか)
日本の小売業においても、店舗を「商品を陳列する場所」から「特定の属性が集まるコミュニティ」として再定義できれば、不動産、金融、エンタメといった異業種からの出稿が見込めるはずだ。重要なのは「何が売っているか」ではなく「誰がいるか」というオーディエンスデータの価値証明である。
Best Buyの事例:店舗を「巨大なスクリーン」へ
「販促費」ではなく「広告費」を獲得するためのもう一つの条件は、店舗を単なる売り場ではなく、ブランドの世界観を表現できる「放送局」や「劇場」のように扱うことだ。
家電量販店大手Best Buyは、1,000店舗以上のネットワークを「巨大なスクリーン(Giant Screen)」と定義し、大胆なメディア商品として展開している。同社のBest Buy AdsプレジデントであるLisa Valentino氏は、今バイヤーから最も需要があるのは「インストア・テイクオーバー(店舗ジャック)」であると語る。
「目を閉じてBest Buyの店舗に入るところを想像してほしい。そこは単なる売り場ではなく、巨大なスクリーンだ。我々はIKEAやESPNといったブランドと提携し、店舗内で(プロモーションを)展開している」
出典セッション: How retail media is navigating its first economic crisis(リテールメディアはいかにして初の経済危機を乗り越えるか)
ここで注目すべきは、IKEA(家具)やESPN(スポーツ放送局)といった、家電量販店の「棚」には通常並ばない「非エンデミック」な企業が、Best Buyの店舗をメディアとして購入している点だ。
Best Buyの店舗には「テック文化」に関心の高い層が集まる。広告主であるIKEAやESPNは、この熱量の高い「オーディエンス」にアクセスするために広告費を払っているのだ。筆者が現地で確認した店舗も、単なる家電の陳列に留まらず、ゲーミングやエンターテインメントといった「テック・カルチャー」を体験させる場として空間が構成されていた。
これは、店舗が「商品を陳列する棚」という枠を超え、特定の関心層が集まる「テック・カルチャーの発信地」というメディア価値を確立したからこそ実現した、純粋な「広告宣伝費」の獲得事例なのである。
日本の小売業も、自社の店舗を「在庫置き場」ではなく、来場客の属性やモーメント(文脈)に基づいた「媒体」としてパッケージ化できれば、メーカーの販促費という財布の外にある、異業種のマーケティング予算を取り込める可能性を示唆している。
