高速で他者を模倣し、短命化する人々の欲望
ルネ・ジラールが提唱する「欲望の三角形」とは、欲望は主体が対象を直接欲するのではなく、モデルとなる他者を媒介・模倣して生まれるとする理論だ。廣瀬氏は、この構造が現代のSNS環境によって極限まで増幅されていると指摘する。
「たとえば無人島に一人でいるならば、生存すること自体が目的となります。しかし、そこで釣竿やテントを使う他者が現れた瞬間、それらは単なる道具ではなく『充足した生活』の象徴へと変容し、強烈な欲求の対象となります。これと同じことがSNS上で起きています。私たちはSNSを通じて、他者が何かを消費し、幸福を獲得している姿を恒常的に目撃します。このとき、私たちが欲しているのは対象物そのものではなく、その消費によって実現されている『他者の幸福そうな状態』なのです」(廣瀬氏)
「その状態を模倣するためには、他者と同じモノを消費するしかありません。そして、その模倣的な消費が再びSNSに投稿され、また別の誰かの欲望を起動させる。こうして、他者の欲望をコピーし合う連鎖が加速しているのです」(廣瀬氏)
SNSは「他者の欲望の達成」を可視化し、比較を容易にする。その結果、本来は個々人で異なるはずの欲求が「他者が持っているから欲しくなる」という画一的な欲望へと収束していく。さらに、SNS上では情報の「新規性」が承認(バズ)の条件となるため、人々は流行の最先端を我先に消費し、発信しようとする。
こうした環境下では、実際の消費体験の性質も変化する。消費のプロセスやそこでの驚きが、インフルエンサーなどの先行者によって詳細に可視化され尽くしているため、自らが体験する段階では、それは未知の発見ではなく、SNSで予習した情報の「答え合わせ」という確認作業に変質してしまうのだ。
さらに、SNSは欲望の発生だけでなく、その「終焉」までも可視化する。「他者が既に次の『旬』へ移動している」という事実がタイムライン上で露呈すると、欲望を支えていた模倣のモデルが消失する。
「モデルがその対象を欲しなくなったことを知ると、主体はまだそれを経験していなくても、欲望の根拠を失ってしまいます。その結果、『まだ手に入れていないけれど、もういいや』という急激な関心の減退が起きるのです」と廣瀬氏は語り、一時期の熱狂が沈静化した「ラブブ」の事例などを挙げ、欲望の消尽が加速する現状をまとめた。
ラブブを紐解く、リキッド消費ともう1つの要素
続いて登壇した青山学院大学教授であり、『リキッド消費とは何か』(新潮新書)の著者でもある久保田進彦氏は、2017年にFleura Bardhi氏とGiana M. Eckhardt氏が発表した論文で提唱されるリキッド消費の概念をベースに、現代の消費の特徴を「短命化」、「アクセス・ベース」、「脱物質的」という3つのワードで表現した。
1つ目の「短命化」は文字通り物事の価値の寿命が短くなることであり、廣瀬氏が言及したように気まぐれな消費や、その瞬間を楽しむ消費が増えたことを表している。
2つ目「アクセス・ベース」は、インターネットに限らず、製品やサービスの価値にアクセスできればいい、必ずしも所有する必要はない、という考え方だ。
「典型的なものはレンタルやシェアリング。一時的にアクセスできれば満足ですよ、というのがこの考え方」であると久保田氏は補足した。
3つ目の「脱物質的」は、同じレベル・水準の機能や価値を得るために、物質を使用しなくても済む、という考え方。この例について久保田氏は、写真とお金がわかりやすいと説明する。
「昔の写真はネガや物質としての写真があったが、今はデジタルデータとして保持する人が多くなりました。このとき、写真は所有しているが形はない状態です。同様にお金も、電子マネーが普及したことで所有しているが紙幣は持たないということが起きていますね」(久保田氏)
「リキッド消費における3つの考え方は、現代の消費をものすごく上手く捉えており、おそらく今後2、30年もこの考え方を使える」と久保田氏は推測する。しかし、「ラブブ」のヒットを読み解く上で、もう1つの視点「嗜好のアルゴリズム化(algorithmization of taste)」を加えた。
