独創的なイベントのアイデアはどこから?クリエイターやバーテンダーを巻き込みながら実現
渡邉:そもそも、この「気持ちで注文する」という体験設計は、どのような着想から生まれたのでしょうか?
慶應義塾大学環境情報学部卒業。使い手が作り手に、消費者が表現者に変化することをうながす「コンテクストデザイン」を掲げる。ミッション・ビジョン策定からサービス立案まで牽引。主な仕事にイッセイ ミヤケとの花と言葉のギフト「FLORIOGRAPHY」、北里研究所や日本経済新聞社、FM局J-WAVEのブランディング・ロゴデザインなど。同局「TAKRAM RADIO」のナビゲーター、慶應義塾大学SFC特別招聘教授などを歴任。2025年、生活者の声が集まる本屋「とつとつと」を共同創業。著書に『コンテクストデザイン』『生きるための表現手引き』など。
菊池:きっかけは、バーに行かない若年層を対象にしたアンケート調査でした。「注文の仕方がわからない」「作法が難しそう」といった不安の声が数多く寄せられていたのです。そこで「何をどのように注文すればいいのか」という不安に対して、補助線を引いてサポートするのはどうかと考えました。
このアイデアを源泉に、ビジュアルやオペレーションなどの細部を固めていきました。知らないことを“お勉強”してもらうのではなく、面白い体験に変換することにこだわっています。
渡邉:注文に前提知識が必要なカクテルをメニューから選ぶのではなく、気分に応じて言葉を選べばいい。体験したくなるから、バーの扉を開く、注文をするというハードルが解消されていますね。この点がユニークだと感じます。そして、コースターに書かれた言葉がおもしろい。この “コトバ”を選ぶ体験もエンターテイメント化されています。それぞれ個性が光る膨大なフレーズは、誰がどのようなプロセスで考えたのでしょうか?
菊池:外部のクリエイター、インフルエンサーといった「気持ちを表現するプロ」の方々の力を借りながら考案していきました。特定のペルソナに限定せず、様々な世代や性別の方に響くフレーズになるようチームで議論して選定しました。
それらの“コトバ”に、カクテルが持つ物語性をリンクさせ、組み合わせを決めていきました。たとえば、「カクテルの女王」と呼ばれる「マンハッタン」なら、「主演女優賞」という“コトバ”を割り当てています。
渡邉:1枚のコースターがカクテルの世界にいざなってくれるようですね。本イベントにはバーテンダーの存在が不可欠ですが、どのように協力をあおいだのでしょうか。
菊池:まずはキーマンとなるイベント経験豊富なバーテンダー2名にお声がけしました。そこからバーテンダーのネットワークを介して、企画主旨に賛同していただける方を探していったかたちです。初心者の来場者にも優しく接していただけるような、ホスピタリティにあふれる方々にお願いしました。
第1弾の反響は業界内でも話題になっていたようで、第2弾では「考えに共感した」「ぜひ参加したい」と、より多くのバーテンダーにイベント参画いただけました。
未知のイベントに「誰も来ない恐怖」も、社内を突き動かした洋酒文化への危機感
渡邉:このイベントは実験的かつ挑戦的な試みだったと思います。不安や懸念はありませんでしたか?
菊池:もちろん始まるまでは恐怖です。いざフタを開けてみて、誰も来なかったらどうしようかと懸念していました。大きく広告を打つ予算もなく、特に第1弾ではスモールな設計にしていましたね。
2005年サントリー入社。ビール事業部、営業を経て2011年からウイスキー部に。ウイスキー部では角瓶、響、山崎、白州、ジムビームなどブランドマネジメントを担当。2024年より宣伝部にて、ウイスキー、スピリッツ部門の宣伝を担当。宣伝部にて、若者の未来に向けての飲み人開拓、洋酒文化創造プロジェクトを推進。
渡邉:結果の読めないイベントは、社内稟議のハードルも高そうですね。
菊池:もちろん社内では、「ROI(投資対効果)はどうなっているんだ」という質問もあります。どんな施策でもその点をシビアに振り返りますが、今回のイベントに関しては、「短期的なブランドの売上のためにやるイベントではないですよね」とはっきり伝え、承認理解をいただいています。
そして、意識したことは意思決定者に実際のイベントの様子を見にきてもらうようにしたことです。若者が目を輝かせてカクテルを飲んでいる。それ以上の説明は不要でしたね。
また、サントリーには「洋酒文化を創造する」というミッションが社内に浸透しています。洋酒離れが広がるなか、会社全体が危機意識を持っていたという事実は、確実に大きな後押しでした。「我々がやらなければ誰がやる」という、メーカーとしての責任感もありました。
渡邉:売上が目的ではないといえども、第2弾での「空白のコースターを渡し、街場のバーへ誘導する」というフローでは、サントリーさんの商品が提供されない可能性もあったはずです。ブランド側がコントロールできない余白を作ることに、不安はありませんでしたか?
菊池:もちろん、コースターを持って行ったバーでサントリー商品が飲まれる保証はありません。しかし、あえて制約は作りませんでしたし、そこに不安はありませんでしたね。もともと「バー文化への貢献」を一つのゴールにした取り組みなので、バーに足を運んで洋酒に触れてもらえただけでも大成功です。欲張らないからこそ、バーテンダーの皆さんから積極的な協力を得られたとも思います。
