「くらしごと、東京ガスへ」――ブランド再定義の全体戦略
MarkeZine:エネルギーの会社から、「くらしの会社」への転換にあたり、具体的にはどのような戦略を描かれたのですか?
兼子:2023年にソリューション事業ブランド「IGNITURE(イグニチャー)」を始動しました。これは「IGNITE(灯す)×FUTURE(未来)」を掛け合わせた造語で、エネルギーの枠組みを超えて、脱炭素やレジリエンス、家事効率化といったお客様の多様な課題を解決していく意思を込めています。
その戦略の裏付けとなっているのが、東京ガスの「都市生活研究所」が40年間にわたり蓄積してきた膨大な生活者データです。1986年から一貫して郵送調査という手間のかかる手法を使い、約780問にも及ぶ質問を3年ごとに定点観測し続けています。デジタルで簡単に調査ができる時代ですが、同じやり方で「線」の変化を捉えることに価値があります。
たとえば、「夫婦にも別々の部屋が必要」と考える人が増えていたり、「夕食を作る時間が30分未満」の人が激増していたりといった変化は、表層的なトレンドではなく、社会構造の変化を物語っています。こうしたエビデンスがあるからこそ、私たちは確信を持って事業変革を進められるのだと思います。
生活者理解をベースに顧客を獲得する「マーケティング」、選ばれる意味を作る「ブランディング」、そして使い続ける価値を磨く「CX」を掛け合わせ、一つのグッドサイクルとして循環させていく。これが東京ガスの実践しているマーケティングの全体像です。
CEPの実践:生活の中にある瞬間を起点に、純粋想起・想起集合を引き上げる
MarkeZine:ここからは東京ガスを「選んでもらう」ためのブランディング活動について、深掘りしたいと思います。具体的にはどのようなアプローチを図っていますか?
木村:選んでもらう確率を高めるために重要なのは、「メンタルアベイラビリティ(想起)の向上」です。兼子さんと佐藤さんの話にもあったとおり、エネルギーや暮らしのサービスは、日常的に意識が向かうような高関与な商材ではありません。だからこそ、いざという時に「パッとブランドを思い出してもらえるか(思い出しやすさ)」が勝負になります。
つまり、単に「名前を知っている(認知)」だけでは不十分です。生活者が日常の中で困りごとが発生した瞬間に、自然と「東京ガス」という選択肢が頭の中に出てくる状態を作らなければなりません。想起の質を上げることが、ブランディングの要となります。
佐藤:その想起を具体的にどう引き出すかという点で、私たちは「CEP(カテゴリーエントリーポイント)」の考え方を取り入れています。これは「ニーズが発生するきっかけ」や「需要が発生する瞬間」を捉えるアプローチです 。
たとえば、「エアコンからカビの臭いがする」と感じたり、「夏場のキッチンの油の匂いが気になる」と思ったりする瞬間が、ハウスクリーニングというサービスのCEPになります。暮らしの中の具体的な「不便」や「困りごと」と東京ガスを紐づけていくことで、潜在的なニーズが顕在化した際に、真っ先に「東京ガスに頼もう」と思い出していただけるようなブランディング施策を設計しています。
MarkeZine:なるほど。その象徴的な施策が、藤原竜也さんを起用した新CMですね。
佐藤:はい。このCMの最大の狙いは「ガスの会社」という既存イメージの拡張にあります。事前のインタビュー調査でも、多くのお客様にとって東京ガスは依然として「ガスの会社」という認識に留まっていました。将来的にハウスクリーニングや機器修理といった「暮らしのサービス」をトータルで任せていただくためには、まずその土台として「電気も、エネルギーも、プロである東京ガスに丸ごと任せられる」という理解を醸成する必要がありました。
今回のCMは「ガスも電気も、暮らしを丸ごと任せられるプロである」というメッセージを力強く、ストレートに表現しています。既存の「ガス屋さん」という強い信頼基盤を活用しながら、その信頼を電気や他のサービスへも広げていく。この直球のコミュニケーションこそが、現在の足元の課題を解決し、メンタルアベイラビリティを最大化させるために最適だと判断しました。
なお、キャンペーンの結果、純粋想起も想起集合も優位差をもって飛躍的に向上したことが確認できています。「困る瞬間」と東京ガスを紐づけるCEPアプローチが、数字として確かな手ごたえを示したのです。
