MarkeZine(マーケジン)

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LINE・田端氏とオイシックス・奥谷氏が語り尽くす『確率思考の戦略論』と数学マーケティング

2017/04/18 07:00

人間がどう認識するかで規範は変わる

押久保:価格のコントロール、バランスについてはどう考えられていますか?

押久保剛
押久保剛:翔泳社 MarkeZine編集長

田端マーケターから消費者へのメッセージが込められているのがプライシングです。これをダイナミックに変えるのはこれまでコスト的に難しかったんですが、デジタルのおかげで低コストでできるようになりました。ただし、ロジカルに考えれば需給に合わせて値付けするのは正しくても、倫理的にどうかと思う部分もあります

 たとえば、震災の直後にカップラーメンを高額で販売することが話題になりましたよね。需要があるから売れるんですが、そんな店では二度と買わないという気持ちにもなります。

 また、ある保育園で19時を過ぎて子供を迎えに来たら罰金を取るという話がありました。結果、罰金を払えば19時を過ぎてもいいと受け止められ、むしろ保護者が子供を迎えに来る平均時刻が遅くなったそうです。

 人間をコントロールする手法には規範やプライシングなどいくつかありますが、どう捉えられるかを考えておかないと、よかれと思ってやったことでも逆の効果を生んでしまうことには気をつけないといけませんね。

奥谷:行動経済学ではそうした人間の認識と行動に関する実験がたくさんあります。たとえば、ある自動車が人気で品切れ寸前だったとします。ある会社はその自動車を定価から200ドル値引きして9,800ドルで売っていましたが、人気があるので定価に戻しました。別の会社は元々1万ドルで売っていたんですが、1万200ドルに値上げしました。

 このとき、消費者にどちらのほうが悪いかを尋ねたら、定価から200ドル上げた会社のほうに悪評がつけられました。ですが、よく考えてみれば自動車を買おうとしている消費者は、いずれにせよ200ドルの損をします。両社への評価は同等でなければおかしいのに、人間はそう判断できないんです。

 人間がどう認識するかで規範も変わるので、マーケターとしては悩ましいところです。正しい利益とは何なのか、常に考えておく必要がありますね。

田端:私は情報にプライシングしている立場で、有名なブロガーのマネタイズに力を入れていたことがあります。多くの場合、ブロガーがブログに書いていること、メルマガに書いていること、講演会で話すことに大きな違いはありません。

 しかし、読者はブログだと無料と捉えます。そしてメルマガだと月1,000円くらい、講演会だと3,000円くらいは払おうかなと考えるんです。世の中の相場がそう決まっていて、それを参照点にするからなんですね。

 あるいは情報の価値についてもそうです。私がある話をしようとするとき、枕詞で「堀江貴文さんがツイートされていた話なんですが……」と言うのと、「堀江さんとホテルで食事をしながら聞いた話なんですが……」と言うのでは、聞き手は後者のほうがいい話なのではと熱心に耳を傾けてしまいがちです。

 それと同様に、講演会やサロンのような場はそこでしか聞けない情報を聞けるかもしれない、という期待感があるので、価格は高ければ高いほど顧客満足度が高まります。むしろ安いほうがクレームが出やすいんですよ。USJも同じようにプライシングしやすい情報・体験が商品なので、ある程度価格を高くしておいたほうがいいんでしょうね。

マーケターは一人ではビジネスできない

押久保:続いて、組織についてお訊きします。本書には「会社というたくさんの人が集まっている集団では、会社の利害と個人の利害が必ずしも一致しない」と書かれており、一人でできることは大したことがないので組織でドリブンさせる必要がある、リーダーはオーケストラの指揮者であれ、といった主張がなされています。

 奥谷さんは転職されて所属する組織が変わりましたが、これについてどう考えられていますか?

奥谷:ここに関しては森岡さんのウォームハートの部分を感じます。マーケターに限らず、いい仕事をするにはリーダーはオーケストレーションできたほうがよく、データサイエンティストや情報システムの人とも仲よくして成果を出さなければなりません。

 オイシックスというマーケティングドリブンの強い企業にいると、少し危機感を覚えることがあります。というのは、EC企業はいとも簡単に顧客のことがわかるんですよ。ユーザーみずからが名前や住所、あるいはその他の情報を教えてくれるからです。ですが、これが実店舗ならどうか。お金を払ってくれたお客さんの名前すらわかりませんし、また来てほしくて連絡しようにもメールアドレスを教えてもらうのはかなりハードルが高いでしょう。

 つまり、ネット専業だと個人情報に対する倫理感に疎くなり、儲かるか儲からないかだけの話になってしまいかねません。特にオイシックスは消費期限の短い野菜を販売していますから、いい意味でも悪い意味でもデータドリブンのプッシュ型ビジネスになりがちです。

 たしかに自然状態では会社と個人の利害は一致しないんですが、データだけ見ていると一致する瞬間はあります。ですが、それが本当にお客さんにとっていいことなのかはいつも考慮しないといけません。

田端:マーケティングはあくまで手段ですよね。会社と個人で目的や利害が異なる場合ももちろんあります。会社にとっての成功は売上や利益の増加ですが、個人にとっては昇給できたらいい、転職に活かせる成果を残す、といったことがありえます。しかし、会社やブランドとしてどこを目指すのか、個人の目的としても一致しておいたほうがいいのは間違いありません

 なにより、マーケターは一人ではビジネスができません。必ず会社や組織が必要です。だとすれば、組織のミッションに自分が共感できないとき、どうするのか。たしかに能力で貢献できるでしょうが、私はマーケターにも美学のようなものがあったほうがいいのではと思います。

奥谷:マーケティングは手段で、勝手に売れるならする必要がありません。ですが、今はそういう時代ではなくなったので、やらざるをえません。私はどうせなら、おもしろいものを作ってマーケティングをしたいと思いますね。

パネルディスカッション

記述的に語ることと価値判断を含んで語ることの区別

押久保:本書ではマインドに関しても言及されています。「日本人はもっと合理的に準備してから精神的に戦うべき」とあり、日本人は感情と理性を切り離すのが苦手、意思決定に感情は入れないとはっきり言われています。

奥谷:私は感情を入れないというのが苦手で、まず精神的に整えてから合理的になるんです。感情と理性を切り離せない人はけっこう多いですよね。思い込みをデータで解消したいのに、「I knowシンドローム」に陥って理性的になれない人もいます。

 これは、まったく新しいデータを提示しても既に知っていたかのように振る舞う人のことです。それまでの経験があるので、なかなか新しいこととして受け入れられないのかもしれません。そういうときはぐっと堪えて、「知っていたんですね」と認知的不協和の解消を図って理解してもらおうとします。

 客観的に分析してデータが出たらそれを元に冷静に判断すべきなんですが、「奥谷が言うことはわからない」と言い出す人もいます。わからないと連呼することでむしろ私が悪いという空気を作ろうとするんです。そうすると、いいのか悪いのか判断しかねている人も巻き込まれ、わからないの輪ができてしまいます。

 そこを私がデータで押しきれるかというと、そうでもありません。そのときは「やり直してきます」といったん引いて、また別の日に提出するんですよ。中身はそのままで、相手の機嫌がいいときを狙います(笑)。日本だと、あんまり数字だけで押してしまうとかえってうまくいかない場合もまだまだあるでしょうね。

田端:私の場合はTwitterでそうしたことをよく感じます。ツイートすると炎上しかけることがままあるんですが、単に悲惨な事件や現実についてそれが起こったと記述しているだけでも「あなたはそれを肯定しているんですか」みたいなリプライが来るんです。事実を口にすると、事実として存在するにもかかわらず、その事実ではなく不愉快なことを口にした私が悪いということになるわけです。

 経営会議でも、このままだとどう考えても予算達成できない状況で、誰かが「100%は無理でも97%を目指しましょう」と言ってしーんとなることがありますよね。全員が無理だとわかっていても「最後まで必達で頑張りましょう」と言うのがお約束のため、97%を認めた瞬間に「おまえは頑張りが足りない」と言われてしまいます。そんな非合理なことにやっていると、結局85%や90%で終わってしまうかもしれません。それよりは97%を目指したほうがいいですよね。

 要するに、記述的に語ることと価値判断を含んで語ることの区別がついていないわけです。サイエンスは記述的に語るための方法です。本書はまさに現実を認めたうえで主観を排して厳密な論理で語る方法について教えてくれています。「頑張りが足りない」といった非合理な言い分を排除するための手法です。

最後は美学が問われる

押久保:最後に、『確率思考の戦略論』をどう利用すればいいのかについて意見を聞かせていただけますか?

奥谷:森岡さんがやっていることはほとんどの人は真似できないと思います。ただ、ネット企業であれば確率思考、統計学の感覚も身につけておくべきでしょう。数字に強いと思い込んでいる人でも、実は過去の数字しか見ていない可能性があります。ですから、未来を見るためにこの数学マーケティングを使ってみてください。もちろんがっつりというよりは、ほどほどでいいと思います。

田端:AIやビッグデータなど定量的なデータでマーケティングを最適化していくのは世の中の流れです。しかしながら、ほとんどの企業はその弊害を心配する以前に、そもそもきちんと活用できていないのが現実です。まずはいったんそこまで到達する必要があります。

 最近、AI時代は数学やエンジニアリング、プログラミングよりも哲学に取り組んだ人間のほうが価値が高いのではないかという記事を読んで、なるほどと思いました。哲学は真善美の価値判断を行ってきました。そして、サイエンスは真の部分を担えるかもしれません。しかし、どれほどAIが進歩しても、ある物事が人間にとって善なのか美しいのかについては判断できないと思います。

 人間の不合理性をつく商品もあります。儲かるからビジネスとしては真でも、美しくはないでしょう。当然美しくある必然性はないんですが、最後は美学が問われるというのは頭の隅に置いて、本書を使いこなせればいいですね。

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