ユーザーの声を聴くことで得られる発見に感動
――本書『Web制作者のためのUXデザインをはじめる本 ユーザビリティ評価からカスタマージャーニーマップまで』は企業のデジタルマーケティング支援を行うアイ・エム・ジェイの皆さんが英知を結集して書き上げた1冊です。
今回は執筆陣の5名にお話をうかがいます。最初に、御社の事業について教えていただけますか?
玉飼:弊社は「デジタルの力で生活者の体験を豊かにする」という理念のもと、デジタルマーケティングの領域で生活者に新しい体験価値を提供することを事業目的としています。
――本書はかなり徹底的に深掘りしたUXデザインの解説書です。UXデザインについてはどのように捉えていますか?
玉飼:今日、Webに関わる現場で「UXを蔑ろにしていい」と思ってはいないものの、ユーザーから学ぶ機会が持てない方の話を見聞きすることがあります。
ですが、きちんとユーザーの声を聴き観察することは、得られる発見に「そういうことだったのか!」と時に感動を覚えるほどで、とても重要な学びの機会です。
競争が激しい現代において、ユーザーからヒントをもらわずに、事業側の都合だけでWebを作ることは学ぶ機会を失っており不利だと思っています。そのため本書を通して、「予算と期間があったらUXデザインをやってみる」のではなく「UXを考えずに、一体どうやってWebを作るのか」と自然に思えるような経験をより多くの方にしていただきたいと考えています。
ビジネスに貢献できるUXデザインのエッセンスを詰め込んだ
――本書を執筆したのはそうした気持ちがあったからこそだと思いますが、具体的に形にしようとしたのはどんな理由があったのでしょうか。
玉飼:今回執筆したメンバーは、UXデザインという言葉が市民権を得る前から粛々と現場で活動していました。ですから、UXデザインを現場に根づかせ、仕事として成立させようと、社内やクライアントに理解を促すための苦労をしてきた自負があります。
本書の執筆にあたり、架空の読者として白石由香のペルソナを作ったのですが、その過程でこれからUXデザインを学ぼうとしている方がUXに関する情報が多すぎて混乱していることもよく理解できました。本書では現場感のない建前の話は排除し、実際に現場で役に立つ、ビジネスに貢献できるUXデザインのエッセンスを伝えることに注力しています。
――言及いただいたように、本書には冒頭で想定読者である白石由香というペルソナが紹介されます。なぜ彼女が必要だったのでしょうか。
玉飼:白石由香は本書を執筆するために、様々な人にインタビューを実施してまとめたペルソナです。彼女はあまりにポピュラーになってそこかしこで見かけるUXデザインという言葉に対して構えてしまっており、氾濫する情報や機会を前にどこから手をつければいいのか躊躇していました。
本書では、彼女に対する解答として「現場の実体験によって裏づけられた」「本当に成果が得られるもの」だけを厳選し、ステップバイステップで紹介しています。そうすることで、UXデザインが上辺だけでなく、本当に使えるものであること、企業にとってもユーザーにとっても有益であることを実感してもらうことを狙っています。
書名で「Web制作者のための」と言っていますが、内容のほとんどはマネジメントや事業開発に関わる方々にも知っていただきたいものばかりです。本書を手に取られる現場の方は、ぜひ上司や先輩にもご紹介いただき、共通言語として本書を活用してください。
まずはユーザーが価値を感じる要素を検討する
――本書の内容について、前半の2章から4章まではWebサイトのユーザビリティや設計に関する手法が解説されています。最初にこれを持ってきたのはなぜですか?
村上:私たちはこれまで自社内外でUXデザインの実務と教育を行ってきました。その経験の中で、「2章 ユーザビリティ評価からはじめる」はUXデザインを初めて実践するのに最適な導入だと結論づけました。既にあるものを評価することなので始めやすいんです。
また、実践の機会を設けやすいことも大きな理由です。クライアントから「うちのサイトを使いやすくしてほしい」と依頼されたら、ほとんどの場合、本書で紹介するユーザビリティ評価手法を試す機会になりえます。その設計過程でサイトに何が不足しているか明らかになれば、ユーザーに対する調査へも繋がってきます。
「3章 プロトタイピングで設計を練りあげる」では、情報設計や画面フロー、機能設計などにおけるプロトタイピングを扱いました。Webサイトでもいきなり完成形を設計するのではなく、ラフな状態から徐々に設計精度を上げていくようなプロトタイピングのアプローチを行うことも増えてきました。その際はツールで本番に近すぎるプロトタイプ(試作品)を作ると修正やフィードバックに時間がかかるので、プロトタイピングは紙とペンで行うのがおすすめです。ラフデザインの段階から試作・評価・改善を繰り返し、サービスの妥当性を高めていくことが目的ですから、作り込みすぎないことはとても大切です。
佐藤:「4章 ペルソナから画面までをシナリオで繋ぐ」ではまだ広く認知されてはいない構造化シナリオ法を取り上げました。これはユーザーの本質的な欲求をもとに価値→行動→操作と3段階に分けてシナリオを検討する優れた手法です。これによって真にユーザー中心のプロダクトやWebサイトを設計することができます。ユーザーの現状課題を解決するシナリオを考えるのではなく、今までにない理想的な体験をともなったシナリオを創出できます。
この手法は、Webサイトの企画段階ですぐに機能や画面を考えてしまう方に取り入れていただきたいですね。Webサイトが果たす役割、ユーザーが価値を感じる要素を検討し、「ユーザーは本当に使うのだろうか?」という目線を組み込むことができます。機能過多、コンテンツ過多になりがちな事業側目線のWebサイトは使われませんからね。
ユーザーの実態を把握すれば発見できる課題の質が高まる
――5章から7章は、ユーザー像を探って形にするための手法が解説されています。詳しく教えてください。
太田:ユーザーにとって本当に価値のある体験を作るには、プロダクトやサービスありきではなく、まずユーザーのことを深く知る必要があります。実践の難易度は上がりますが、成果の得られるプロセスなので挑戦していただきたいです。
「5章 ユーザー調査を行う」は、ユーザーが今まで気づいていなかったことを探る代表的な手法であるインタビュー法を紹介しています。ユーザー調査は広く行われていると思いますが、うまくいっていないケースをよく見かけます。その理由として、既に顕在化している課題を確認できただけに終わってしまうこと、ユーザーの声を大事にしすぎて振り回されてしまうことが挙げられます。本章を読んでいただければ、意義あるユーザー調査を実施できるでしょう。
佐藤:「6章 カスタマージャーニーマップで顧客体験を可視化する」では、普及してきたカスタマージャーニーマップについて解説します。多くの企業で取り組まれるようになりましたが、やはりまだまだうまくいかないことが多いようです。
なぜそうなるのか。一つは、WebサイトやSNSなどオンライン上のユーザー体験にしかフォーカスしていないカスタマージャーニーマップを描いているからです。ユーザーはオンライン上だけで生活しているわけではありませんし、ましてや企業のWebサイトだけを熱心に見ているわけでもありません。
ですから、家族や友達とどんなコミュニケーションを行っているか、通勤中に何をしているか、どの店で何を買っているかなど、テーマに関連する日常生活を描けていないとせっかく作ったカスタマージャーニーマップは「絵に描いた餅」になってしまいます。
大事なことは、ユーザーの実態を把握することです。定量的な調査やアクセス解析はもちろん、対面でのインタビューを実施することで、オンラインとオフラインを行き来するカスタマージャーニーマップを作ることができるようになるでしょう。ユーザー体験の具体性が高まることで、発見できる課題の質も高まります。
太田:「7章 共感ペルソナによるユーザーモデリング」はUXデザインにおいて非常に重要なプロセスです。ここで作るものはペルソナではありますが、ペルソナはユーザーに共感される存在で、声を聴くために作るものなので、用途に合わせてモデル化できていなければなりません。他の章よりも難しいかもしれませんが、ぜひ取り組んでみていただければと思います。
ユーザー調査からモデリングするにあたり、調査目的を明らかにすることが大事です。調査してレポートを共有しただけでは意味がありません。「なぜ」そのWebサイトを訪れ、「何」を解決しようとしているのかを理解する必要があります。それを実際のWebサイト設計に活かすには、というところまで意識すると、うまくいく確率が高まります。コツは調査とモデリングを完璧に行おうとせず、そこそこで切り上げて次のプロセスに進むことです。いまいち活かせないようだったら戻ってやり直す、という方法が成果を上げる近道です。
組織導入を社内交渉という観点から捉える
――「8章 UXデザインを組織に導入する」は、もしかしたら読者にとって最も困難な課題かもしれません。やはり著者陣もここがネックになりそうだとお考えなのでしょうか。
常盤:UXデザインという言葉は普及してきて、社内で少数でも取り組んでいる方が増えてきました。とはいえ、そのメリットや役割はまだ理解されていない場合が多くあります。特に我々のように他社を支援する事業だと、UXデザインがいわゆる「稼げる事業」なのかと社内で疑わしく思われていることもあるでしょう。だからといって「理解してくれない周りが悪い」と嘆いても、何もいいことはありません。
業務の中でUXデザインに取り組み始めた方がどのように組織に広げていくかは、専門家の間でも話題になることが増えています。国内外でUXデザインを組織的に導入した例はありますが、多くは大手企業でトップダウンで導入されたり、パイロットプロジェクトだったりと、そのままでは参考にしづらいという声をよく聞いていました。そこで、本章では「現場からのボトムアップでUXデザインを取り入れていく方法」を解説しました。
組織導入の具体的な方法の要は「社内交渉のやり方」が大きいと思います。理解も関心もないメンバーやマネジメント層に対してストレスを感じている方の多くは、UXデザインのすばらしさを説きつつも、相手の考えや価値観は無視している印象があります。実際に有効なのは相手の背景やニーズを踏まえて、お互いのメリットに繋がるように説明し、UXデザインに興味を持ってもらうアプローチです。
本章では導入の難しさを有用性の立証、稼働の有償化、既存業務への適用という三つのハードルに整理し、それぞれを乗り越えるためのツールを用意しました。一つ目が、目指すべき状態を整理するためのUXデザインステージ。二つ目が、現状把握のためのステークホルダーマップ。最後の三つ目が実際の導入手段を検討するためのUXデザイン導入シナリオです。
これらはテンプレートデータの他に、組織導入に関わっている方に使っていただいた事例も掲載しています。使ってみていただき、少しでも役に立てれば嬉しく思います。
小さく始めて徐々に習慣化する
――最後に、本書に興味のある方にメッセージをいただけますか?
玉飼:初めてUXデザインを学ぼうとされる方はもちろん、「これまでどの本、どのセミナーを参考にしても実践に繋がらなかった!」という経験をされた方々にも今の仕事の中で実践でき、かつ成果を上げていただけるよう、必要十分な内容を厳選しました。
大きな予算や遠大な計画は必要ありません。とにかく、本書のステップどおりに「手を動かしてみる」ことで、まずは小さなものからでも成果を体感してください。そうすれば、UXデザインを実践することはそんなに難しくないと知っていただけるはずです。小さなところから徐々に大きく、そして習慣化するまでのプロセスを、本書で獲得していただければと思います。