権利関係の中でも比較的、知名度の高い肖像権ですが、人物などの写真や画像を扱ううえで、関係者が知っておかなければならない知識です。
肖像権とは何なのか、後ろ姿や顔の一部も該当するかなど、どこまでなら肖像権を侵害しない写真になるのかを知り、著作権侵害などのトラブルを未然に防ぎましょう。
肖像権とは
肖像権とは、自身の顔や姿を他人に無断で撮影されたり、許可なく使用・公表されたりしない権利です。被写体の有名・無名に関わらずすべての人が持つ権利であり、これを侵害され、その状況を改善したい場合は訴えることが可能です。
しかし、実際には法律で明文化された権利ではなく、日本国憲法13条に規定される幸福追求権を根拠とした「新しい人権」に基づき定義されたものです。過去の裁判例によって確立された権利であるため、どこからどこまでが大丈夫で、どこからがダメなのかは曖昧です。詳しくは後述する「肖像権侵害の基準」で説明しますが、まずは肖像権が、どのような権利と関係しているのかを紹介します。
関係が深い権利に、プライバシー権とパブリシティ権があります。肖像権は個人が安心して生活するための権利を守るためのものですので、同様の権利を守るプライバシー権は押さえておきたい知識です。また、有名人が自らの肖像や名前を活用して経済活動を行うための権利を守るパブリシティ権についても、同時に知っておきましょう。
プライバシー権とは
個人のプライバシーを守る権利であるプライバシー権。個人を特定できる名前や住所などの情報の他、顔や姿なども含まれます。これらの私生活上の情報をみだりに公開されない権利とともに、他者が持つ自分の情報を管理できる権利のことです。
そのため、自身の情報が望まない状況で公開された場合に、その削除や使用・掲載の差し止めを請求できます。
パブリシティ権とは
芸能人やアスリート、アーティストといった有名人は、名前はもちろんのこと、その容姿によって大きな訴求力があり、経済効果を生み出します。その効果は財産的価値とされ、勝手に利用されることのないようパブリシティ権として保護されています。
肖像権を侵害すると?
肖像権は法律で明文化された権利ではないため、肖像権の侵害に刑事上の罰則はありません。しかし、民事上での責任を問うことが可能で、写真や画像に写っている本人つまり権利者は、写真や画像の使用・掲載の差し止め、掲載・公表されたことで引越ししなければならなかったといった実際に発生した費用や精神的苦痛に対する損害賠償請求を行うことができます。
写真の撮影者や画像の制作者でない場合でも、該当する写真や画像を使用・掲載しているならば差し止めの依頼に真摯に対応し、本人確認ができ、肖像権侵害に該当しているようであれば応じなければなりません。対応を怠った場合には、民事訴訟などに発展する可能性があります。それだけに、企業が販促活動や広報、マーケティング活動、SNSなどで写真や画像を借りたり、広く募集する場合は、応募者に対し肖像権が侵害されていない旨の確認などを行い、過失がないようにするといった注意が必要です。
なお、権利者による損害賠償請求は、基本的には撮影者に対して行われます。 なぜなら、無断で写真撮影や画像のモデルにしている時点で、肖像権の侵害となっているためです。
肖像権侵害の基準
肖像権の侵害の判定は、裁判所の判断に委ねられています。このときに大きな指標のひとつとなるのが「受忍限度」 という考え方です。侵害が社会通念上、我慢できるとされる範囲を超えていると判断されると違法となります。肖像権の侵害で言うと、広く写真などが拡散されてしまい、不都合や損害が生じると受忍限度を超えていると判断され、違法となる可能性が高くなります。
損害賠償請求の多くは撮影者に対して行われます。そして、企業側が撮影者となる機会は多々あります。自社のイベントの様子を撮影した写真を使ったり、広報やマーケティング活動で人物写真を使用したりする場合に、どのような写真や画像なら肖像権の侵害とならないのか。過去の判例から以下の4つのポイントを押さえておきましょう。
1:被写体(個人)が特定できる写真か
写真や画像の人物が、個人の特定が可能なほどにはっきりと写っていると、肖像権の侵害になる可能性が高くなります。一方で、後ろ姿や顔・身体の一部、顔が映っていたとしてもボカシやモザイクで処理されていて顔の認識が難しい場合などは、基本的には個人の特定が難しいと判断されます。動画の場合も同様ですが、一瞬だけの場合は可能性は低いと言えそうです。
2:撮影の許可はあるか
肖像権の侵害は撮影した時点で成立するため、撮影をする前に許可を求める必要があります。
ただし下記のような場合は、撮影の許可が事前になくても肖像権侵害に当たらない傾向があります。
・報道が目的の場合
・風景を撮影した際に人が写り込んだなど人物がメインとならない場合
・公共の場やイベントなど撮影される可能性が高い場所の場合
3:どこで公開しているか
撮影の許可と公開の許可は別ものです。撮影はしても良いけれど、拡散性の高いSNSなどへの公開は控えてほしいと言う人は一定数いるため、撮影の許可だけではなくサイトやSNSなどへの公開の許可も必要です。
4:撮影場所はどこか
2の撮影の許可でも述べましたが、公道や駅などの公共施設、イベント会場などの不特定多数の人が利用する場所では、偶然に他の人の撮影に写り込む可能性があるため、肖像権の侵害は認められにくくなります。しかし、その場の混雑ぶりを紹介するために人混みを撮影する場合の肖像権については、弁護士によって意見が分かれる部分もあり、慎重に扱う必要があります。
一方で、自宅や病院、ホテルなどの室内といった私的な空間や店舗内は偶然に写り込む可能性が低いことから、肖像権の侵害が成立しやすくなります。
肖像権侵害にならないケース
では実際に企業活動を行ううえで、どこまでなら大丈夫なのか。場合や程度による部分は大きいものの、肖像権侵害とならないケースで代表的なものを紹介します。
報道および表現の自由
「肖像権侵害の基準」の4にあるように、公の場での撮影は肖像権の侵害になりにくいとされており、同様にイベント会場なども、撮影される可能性が高い場所と言えます。加えて報道目的であり、特定の個人をメインにした撮影でなければ肖像権の侵害は成立しにくいと考えて良さそうです。
しかし、多くの人の中から特定の人物をアップにして撮影する場合は「肖像権侵害の基準」の1と2の観点から侵害と判断される可能性が高くなります。
なお、表現の一環として風景などを撮影した際に写り込んだ場合などは、表現の自由との兼ね合いからケースバイケースとなるでしょう。
モザイクやボカシ加工や後ろからの撮影で容姿を隠す
顔や身体が写っていることで個人が特定されないようモザイクやボカシなどで人物を加工すると、肖像権侵害を回避できる可能性が高くなります。また、後ろ姿を中心に撮影するといった工夫も効果があると言えます。
ただし、加工の範囲が小さい、処理が薄く顔や身体が見えている場合は処理をしたとは言いがたくなるため注意が必要です。
企業活動で気を付けたいケース
ここでは主に、広報やマーケティング活動など企業活動において想定される事例で気を付けるべきポイントを紹介します。
イベントや展示会などの写真撮影
一般的にイベントや展示会などでは他人の写真に写り込む可能性が高く、肖像権の侵害の可能性は低いとされています。しかし、掲載した写真に対してSNSやサイトの訪問者から問い合わせがあれば、企業として丁寧な対応が求められます。
そこで、イベントなどでは事前に撮影・公開の可能性がある旨をアナウンスするほか、「肖像権侵害にならないケース」で紹介したような、撮影する場合は人の流れを見て後ろ姿を中心にする、顔が写っている場合はボカシを入れたりモザイクで隠したりして個人が特定できないように加工して掲載するといった配慮をしておくと良いでしょう。
なお、顔がはっきりとわかるような構図で撮影する場合は、撮影時に事前に声をかけて撮影・公開の許可を得ると、より安心です。
有料・無料の素材集の写真を利用する時
自分たちで用意するだけではなく、素材集などから入手した写真・画像で、サイトや資料などを制作することがあります。この時に気を付けたいのが、素材集に掲載された写真・画像であっても使用・公開の許可がなされているのかを確認することです。
現在の素材集のサイトでは、プロのカメラマンとプロのモデルによる素材だけではなく、権利関係に明るくない一般の方も写真や画像を提供しています。そのため、人物写真などは許可をもらって撮影がされていても、使用・公開の許可を得ていない可能性があります。
この許可の証明は一般的には「モデルリリース」などと呼ばれ、素材集サイトでは素材それぞれにモデルリリースが取得済みであるかどうかを記載していることがほとんど。モデルリリース取得済みであれば、被写体である人物の肖像権使用許諾同意書があることになるので、企業活動で使用する場合はトラブル回避のためにもモデルリリース取得済みのものを使用するようにしましょう。
有名人が自社製品をSNSなどで紹介していた場合
SNSなどで有名人が写真付きで製品を紹介することがあります。その製品が自社のものだったとしても、写真を勝手に使用することはできません。
有名人の場合、肖像権はもちろんですが、パブリシティ権も関係してきます。一般的には「〇〇さん御用達」「△△さん愛用」といった文言も、有名人の名前を使用しているためNGとなります。正式に利用したい場合は使用の契約を結ぶ必要があります。SNSであればリポストにとどめておきましょう。
なお、写真の無断使用は、たとえ一般人であっても同様にNGです。
社員の写真利用について
新卒および中途採用のサイトでは、既存の社員紹介としてインタビューや対談・座談会などを掲載していますが、そこで紹介されている社員が退職した場合には注意が必要です。
採用サイトでの社員紹介は、その時点では社員の撮影・公開の許可が得られているものとされます。しかし、一般的に掲載期間は社員の在籍期間となるため、退職をした場合は掲載を取り下げたほうがよいでしょう。
社員紹介のページに限らず、働いている風景のイメージとして掲載している場合も同様です。そのまま使用したい場合は、退職時に掲載の可否を伺い、同意書にサインをもらっておくと安心ですが、できるだけ早く差し替えることが懸命です。
また、社内報などでは、社員のプライベートな写真を掲載することもあります。この時、社員のみではなく家族や社外の友人などが写っている場合は、写真を提供された際に確認をしておくとよいでしょう。社内報をサイトに掲載する場合も許可が必要ですが、トラブル回避を考えるならば、社員しかアクセスできないサイトであったとしても写真は掲載しないほうが無難です。
イラストや似顔絵も要注意
イラストや似顔絵であっても個人が特定できるようなものであれば、肖像権侵害の可能性があります。
実際に過去には、最高裁判例でイラストによる肖像権侵害が認めら れています。
歴史上の人物に肖像権はある?
肖像権侵害の判断について大きなポイントとなる受忍限度は、社会生活を営むうえでの範囲であるため、歴史上の人物などすでに亡くなっている人には当てはまりません。そのため肖像権は原則として認められていませんが、国や地域によっては故人の肖像権が存続していることがあります。
特に海外の有名人などは注意をしたほうが良いでしょう。
同時に気を付けたい著作権
肖像権と一緒に気を付けておきたい権利のひとつに著作権があります。著作権とは、著作物を創作した人が持つ権利であり、著作権法 によって確立されています。そして、著作物は「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの 」と定義され、創作がされた時点で著作権は自動的に発生しています。
ありがちなトラブルとしては、著作物の撮影です。特に写真集や広告など有名人の顔写真が写った著作物はパブリシティ権にも関わってくるため慎重な取り扱いが求められます。
また、プロではない一般人が撮影・制作した写真や画像にも当然ながら著作権があり、ネットで見つけた写真を無断で使用することはもちろんできません。加えて、素材サイトなど正式な手続きを経て借りたものであっても、加工の可否や商業利用の可否、公開範囲などは著作者が決めることができます。そのため、肖像権に配慮して勝手にトリミングやモザイク・ボカシなどの加工をすると、著作権を侵害する可能性があります。
素材集のサイトでは、利用範囲や加工の可否が記載されているので、モデルリリースとともに確認をしておきましょう。
また、写真を借りる場合も事前に加工の可否の確認をしておくと、後々のトラブルを回避できます。
どこまでがOKで、どこからがNGか。裁判所の判断次第といった側面がある肖像権は、それぞれの状況を鑑みて総合的に考えていく必要があるため線引きが難しい側面があります。
しかし、人物の写った写真は生き生きとして説得力や訴求力があります。今回紹介した基本的なポイントを押さえれば、魅力的なマーケティング活動を展開していくことができます。