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戦略的な失策はどんなにいい実行でも挽回できない――資生堂・音部大輔氏が語る戦略の本質

2017/07/27 07:00

 戦略と一口に言っても、それがどんなことを意味しているのか正しく理解できている人は案外少ない。MarkeZine編集部では、7月11日に定期誌『MarkeZine』読者限定イベント vol.3「マーケティングの未来予想~戦略とテクノロジー」を開催し、『なぜ「戦略」で差がつくのか。』を執筆された資生堂ジャパンの音部大輔氏に同書のエッセンスについて講演をお願いした。

 戦略の意味・定義を訊かれたら、どんな説明をするだろうか。目的や計画といった言葉を思い浮かべる人も多いかもしれない。しかし、音部氏はそれでは戦略という概念を理解できているとは言えないと指摘する。

 音部氏は新卒でP&Gジャパンのマーケティング本部に入社後、17年間ブランドマネジメントを手がけてきた。そしてダノンジャパン、ユニリーバ・ジャパン、日産自動車を経て、資生堂に入社。2017年3月に『なぜ「戦略」で差がつくのか。―戦略思考でマーケティングは強くなる』(宣伝会議)を上梓した。

音部大輔氏
音部大輔氏:資生堂ジャパン株式会社 執行役員

 本書は音部氏の経験と理論を余すところなく書いた良書で、プロジェクトや企画を立ち上げ進めていくうえで最も重要でありながら曖昧な理解をされがちな「戦略」について深く解説されている。

「戦略を作る」というとき、どんなことを示すことができれば、いい戦略を作ったことになるのか。改めて意識してみると、意外と難しい。まさに戦略の意味をきちんと理解できているか否かで差がついてしまうのだ。

 定期誌『MarkeZine』の読者限定イベントでは、音部氏に「『なぜ「戦略」で差がつくのか。』から紐解く「戦略」の正しい使い方」と題して、戦略とは何で、どうすればいい戦略を作れるのかを解説していただいた。

Thought-starter questionといい目的

「戦略とは何か」といった漠然とした概念について考えるとき、まず「Thought-starter question」という手法を使うといいと言う。これは「戦略とは何か」と考えるのではなく、「なぜ戦略が必要か」あるいは「どういうときにそれが必要でないか」を考える思考の方法論だ。戦略が必要ではない状況を考えることで、対偶として戦略が必要な状況がわかるのである。

 では、どういうときに戦略が必要ないのか。端的に言えば、目的がないときには戦略が必要ない。つまり、目的があるときには戦略が必要になる

 音部氏は「雨の日のバイク乗り」という例え話で目的を正しく捉えることを説明する。雨の日にバイクに乗るのは快適ではない。体が濡れないように対策しなければならないからだ。ヘルメットはそのまま使える。ライディングウェアの上にレインウェアを着る。グローブもレイングローブを重ねる必要がある。ならばブーツにはブーツカバーの出番だ。

 が、音部氏は経験上、ブーツカバーは破れてしまうことが多いと話す。バイクは足での操作が多く、エンジンにも近いせいだ。とすると、もっといいブーツカバーが必要になる……と考えてしまうと、目的を見失っているかもしれない。

 そもそも目的は何だったろうか。ブーツを濡らさないこと? 足を濡らさないこと? それとも靴下を濡らさないこと? できればブーツを濡らしたくない人もいるかもしれないが、多くのバイクブーツは濡れても大きな問題ではない。足自体が濡れていても大して気持ち悪いものではない。問題は、靴下がぐっしょり濡れることだ。動くたびに気持ち悪いし、靴を脱ぐ店にはランチにも入れない。

 本来の目的は、靴下を濡らさないようにすることだ。それには高価なブーツカバーを買わずとも、コンビニ袋2枚で事足りる。コンビニ袋を靴下の上に履き、それからブーツを履けばいい。目的をきちんと捉えれば、より少ない資源でよい解決策が見つかるという例である。

 しかし、目的は目的でも、いい目的を設定することが大切だ。音部氏が示す「いい目的のためのチェックリスト」を紹介しよう。

勝利の条件を明確に定義づけられているか

 どういう状態になれば勝利となるのか、明確に定義されていない目的に邁進すると、行動が自己目的化していく。行動そのものへの達成感は大きいかもしれないが、目的は達成されない。これを防ぐためには、勝利したと言える条件を定義しておくといい。

解釈の余地がないか

 定めた目的が人や文脈によって様々に解釈可能だとしたら、適切な手段を用いるのが難しくなる。仕事はチームで行うものなのだから、目的を共有する際に解釈の余地があっては困る。解釈の余地が大きく、解釈自体を楽しむ文章のことを我々は「ポエム(詩)」と呼ぶ。ビジネス文書では、こうしたポエムは禁止にしたほうがいい。感じのいい響きを持つだけで解釈の広い表現では、何も書いていないのとほとんど同じになってしまうからだ。

ポエム禁止

正しい問題に対峙しているか

 正しい問題を見つけることが重要だとはよく言われる。音部氏もそのことを強調する。解決すべき正しい問題に対峙したうえでの目的でなければ、それを達成してもたいした結果は得られないだろう。

SMACか

 SMACとはSpecific(具体性)、Measurable(測定可能)、Achievable(実現可能)、Consistent(上位概念との一貫性)の頭文字を取った言葉。具体的で測定可能でも、実現可能でないならばいい目的ではない(これまでの最高売上が3億円なのに10億円を目指すなど)。また、たとえば自社の理念と一致しない目的もいい結果を生まない。ここにTime-bound(時間軸の設定)を入れる場合もある。

十分な資源がないからこそ戦略が必要

 次に音部氏は資源の重要性を説いた。音部氏はゲームアプリ『ゲーム・オブ・ウォー』のキャッチコピー「戦力か戦略か」に共感したという。もし資源が十分すぎるほどあるなら戦略は必要なく、力押しが通用する。しかし、我々には十分な資源などないからこそ戦略が必要なのだ。

 ここで音部氏のユニリーバ・ジャパンでの経験が語られた。紅茶ブランドのリプトンはよく見る封筒型のティーバッグではなく、三角錐型のティーバッグを採用している。その違いは、封筒型が紐をホチキスで止めているのに対して、三角錐型だとホチキスが必要ないことにある。

リプトンのティーバッグ

 それで一体どんないいことがあるのだろうか。たしかにコスト削減になる。電子レンジでティーバッグごと紅茶を温められるようになる。それ以上のことがあるだろうか。だが、音部氏のチームは「ホチキスの針がないこと」を資源と捉えた

 どういうことか。ロイヤルミルクティーを作る工程を考えてほしい。ミルクパンで牛乳を温め、別で淹れた紅茶をそのミルクパンに注いで沸騰させないように混ぜながら温める。おいしいけれど、非常に手間がかかる。できれば、もっと手軽に作りたい。

 そこで、リプトンのティーバッグなら電子レンジに入れても大丈夫だということが活きてくる。マグカップに水と牛乳とティーバッグをまとめて入れて、電子レンジで温めるだけ(レシピは水3分の1、ミルク3分の2、イエローラベルのティーバッグ2袋)。これでおいしいロイヤルミルクティーができる。実際、この作り方は大人気となり、ホチキスの針がないことがティーバッグの売上を向上させるための資源となった

 このように、資源に見えないものが資源になりうる。視点と発想を変えて物事を見ることがいかに重要か、よくわかるエピソードだ。

視点の差が思考の差、実行の差へとつながる

 音部氏は、比較して違いを探し出したり、その違いが強みになる状況を想定したりする創造的な作業を通して、思わぬ資源を見つけられることがあると話す。ホチキスの針の有無がもたらす違いを見出したことで、リプトンは新たな資源を得ることができたのだ。

音部大輔氏

 もし2人のマーケターが同じ目的、同じ材料で戦略を作ったとしても、ものの見方が違えば異なる戦略が生み出される。2人の視点が違うということは、持っている資源が違うことを意味するからだ。勝者はより多くの資源を持っている。

 そもそも優位な結果を得るためには「違うことをするか、違えてする」必要がある。同じ行動からは違う結果は生まれない。そのためには「違うことを考えるか、違えて考える」ことが必要だ。行動は、思考の結果である。

 そして、違う思考のために最も大事なのは「違うものを見るか、違えて見る」という視点の差である。視点の差が思考の差、実行の差、ひいては結果の差へとつながる。ティーバッグのホチキスしかり。

 視点を広げ、違う角度でものを見られるようになるにはどうすればいいのだろうか。音部氏から三つの手法が紹介された。

Filtering

 これはフィルターをかけてものを見ること。方法の一つとして、特定の学問領域というフィルターを通してものを見ることが挙げられる。たとえば雷は、神の怒りとして見る神話学と、静電気だと捉える物理学ではまったく見方が異なる。

 また、異なる時間軸というフィルターを通して見るのも有効だ。3分後、30分後、3時間後、3日後、3週間後、3ヵ月後、3年後、30年後と、見ているもの自体やそれを取り巻く世の中の変化を捉えてみよう。

 あるいは、時間以外の変数を変えてみてもいい。高さや体積、個数など、数字で捉えられる部分を変えてみることで新しい見方を発見できるかもしれない。

Borrowing

 直訳すれば借りること。たとえば、上司や同僚の考え方のコピーを創ることで、自分の視点を増やす方法がある。上司のコピーを創るだけで、自分が使える視点は倍になる。

 未来や過去の自分の立場で見てみることもいい方法だ。もしくは競合他社の視点を借りてみてもいい。何人もの考え方を自分のものにすることで、どんどん視点が増えていくだろう。

Imagining

 戦略はほとんどの場合、現在の状況を反映して作られる。しかし、その結果が出るのは未来。だとすれば、あらかじめプロジェクトが大失敗・大成功した未来に身を置き、その原因を未来から振り返って見直すことで、「想定外」の出来事を減らすことができる。計画段階で失敗・成功の未来を想定しておくことで、ものの見方は変化するだろう。

戦略か、実行か――マンシュタインのマトリックス

 さて、ここまで目的と資源について音部氏の解説を紹介してきた。改めて、戦略とは何なのだろうか。音部氏は戦略を「目的達成のための資源利用の指針」だと定義する。いい目的を設定し、視野を広げて多くの資源を得ることは、戦略を組み立て成功させるうえで不可欠なことなのだ。

 しかしながら、戦略は実行しなければ目的は達成されない。いい戦略といい実行が組み合わさってこそ最大の効果が発揮されることは疑いようがないものの、ダメな戦略やダメな実行を完璧に避けられるわけではない。

 音部氏はマンシュタインのマトリックスを用いて、これらの組み合わせの善し悪しについて教えてくれた。次のマトリックスのABCD欄に、いいと思う順番をつけてみてほしい。ちなみにマンシュタインはドイツの陸軍軍人として元帥まで上り詰めた人物で、第二次世界大戦中にはアメリカでも高く評価された。

  いい戦略 ダメな戦略
いい実行 A B
ダメな実行 C D

 あなたが戦略重視ならば、ACBDという順番にしただろう。実行重視ならば、ABCDだ。共通するのは、「ダメな戦略とダメな実行」のDが最低評価ということ。だが、マンシュタインのマトリックスが提示する正解はACDBだ。

 なぜなのだろうか。戦略がダメでもいい実行で挽回できるのではと考えたくなる。ダメ戦略×ダメ実行にいいところなんて一つもないのでは?

 そうではない。このマトリックスは元々が人材配置のために用いられていたもので、マンシュタインは以下のように人材を振り分けた。

  有能 無能
勤勉 参謀 解雇
怠惰 将軍 頭数

 有能で勤勉ならば参謀に。有能で怠惰ならば(怠惰を好意的に解釈して、資源の浪費を嫌うと理解し)将軍(指揮官)に。そこまではわかりやすい。ポイントは、無能で怠惰な軍人が頭数として有用だということ。自分で考えないし自発的な実行もしないが、とりあえず命令されれば動くからだろう。けれども無能で勤勉な軍人はよろしくない。大した考えもなく実行しまくる軍人がいたとしたら、きっととんでもない混乱をもたらすだろう。

 音部氏はゲーテの言葉を引用した。「活動的な馬鹿より恐ろしいものはない」と。

 実はダメな戦略×ダメな実行はリカバリーしやすい。あらぬ方向に向かってしまう戦略でも、実行がともなっていなければそこまで怖くはないのだ。

 しかし、あらぬ方向に向かう戦略を熱心に実行してしまえば……リカバリーはとても難しくなる。そのため、ダメな戦略でもいい実行でなんとかするという考え方は危険である。実行には達成感が生じてしまうので、どんどんよくない方向に進んでいってしまう可能性すらある。間違った医療方針に従って一生懸命に薬を飲んでも、治ることはない。ビジネスも同じだ。

 戦略的な失策は実行で挽回できない――音部氏が肝に銘じてもらいたいと語勢を強めた。

戦略を変えるのはいつか

 最後に、音部氏から戦略を変えるときの注意点が挙げられた。チームメンバーや上司、環境が変わることで戦略を変えなければならない場合があるが、安易に変えることは避けたい。では、いつ変えるのか。

 戦略を改訂すべきタイミングとは、戦略を定義する目的と資源が変化したときである。ただの思いつきやトレンドを取り入れたいからといった理由で戦略を変えれば、資源の無駄遣いにつながり、待っているのは失敗だけだ。

目的のない仕事はやらなくていい仕事

 以上のように、音部氏の戦略論は非常に明快で実践しやすいものだった。もしより深く知りたいという方は、『なぜ「戦略」で差がつくのか。』を手に取ってみてはいかがだろうか。

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