業界で「理論」と呼ばれているものは、本当に理論と呼べるのか?
社会学者のRobert・K・Mertonは、理論には抽象度のレベルがあると論じた。一方の極には、あらゆる現象を包括的に説明しようとする高抽象度の理論があり、もう一方の極には、特定の文脈や成功体験から導かれた経験則がある。マートンはこの二極の中間に位置し、検証可能でありながら一定の普遍性も持つ「中範囲の理論」の重要性を説いた(Merton, 1949/1968)。
たとえば、VargoとLuschが提唱したサービス・ドミナント・ロジック(SDL)は、B2Cを含むあらゆる経済活動をB2Bの論理で捉え直すという、高い抽象度と広い適用範囲を持つ理論の一例である。
一方、現在の日本のB2Bマーケティング界隈に目を向けると、様相は大きく異なる。書店店頭やAmazonで上位に並ぶビジネス書には、「わかりやすさ」(あるいは読後の"わかった感")があるだろう。しかし多くの場合、そこに記されている、あるいは著名な実務家やカリスマ的なスピーカーが講演などで語る「理論」の多くは、特定の業界・企業・時代という限られた文脈での成功体験から導かれた経験則に過ぎない。
また、マーケティングに興味のある実務家の多くは"具体的な事例"が書かれていることを好むが、その"事例"が示しているのはまさにその経験則が通用する範囲に他ならない。それゆえに、いくら「再現性」を求めても、経験則レベルの「理論」は文脈が変われば再現性を失う。それがあたかも普遍的な理論であるかのように語られ、消費されていることが問題なのだ。
だからこそ、抽象度の高い「理論」や「概念」を理解しておくことが、個別の事例を超えて本質を捉え、異なる文脈や自社の状況にも応用可能な洞察を得るために不可欠となる。抽象的な「理論」や「概念」は、一見すると実務と距離があるように見えるが、それらは現象を構造的に捉えるためのレンズとなり、思考や戦略を構築するための「型」を提供してくれる。
ただ残念なことに、日本国内でB2Bマーケティングについてそのような内容を体系的に学ぶ機会がないのは前述の通り。2006年に高嶋克義氏と南知惠子氏による『生産財マーケティング』(有斐閣)が出版されて以降、この20年ほど網羅的な内容で「教科書」として活用ができる書籍が不在であることもその一因だろう。そのため、体系的な講座も成立しにくい状況が続いている。
実際のところ、私自身が専任教員として同志社大学大学院ビジネス研究科(同志社ビジネススクール)で開講している「BtoBマーケティング」などが数少ない機会となってしまっている。本連載を進めるのは、実務家にとって役に立つB2Bマーケティングの理論や概念を体系的に共有することと、日本国内においてB2Bマーケティングに関する(いわゆるビジネス書よりも本質的な)講座がMBA他で開講されることを願ってのことである。
高広氏の単独講演情報
7月22日(水)13時から、本稿著者の高広伯彦氏が『「正解」を追うのは、もうやめよう。 ~BtoB組織の多様性を知り、顧客と向き合うための「営業」と「マーケティング」を再定義しよう~』というテーマで講演を行います。参加は無料、事前登録制です。ぜひ、ご参加ください。

