事業会社で成功した理由は「調整」能力の高さ?
松本:富家さんは事業会社と支援会社、大企業とベンチャー企業、それぞれのご経験をお持ちですが、双方の立場から見て、マーケティングを推進する上での大きな違いは何だとお考えでしょうか。
富家:「組織が動く時間軸」と「カルチャー」の違いが大きいと感じます。たとえばスタートアップでは「今日決めて今日動く」スピード感が求められます。一方、大企業は「来週の定例会に向けて準備しよう」といった週・月単位の時間軸で動くことも多いです。
同じマーケティングの仕事でも、組織のリズムやカルチャーが違えば、進め方そのものを変える必要があります。事業会社と支援会社、大企業とベンチャー企業では、仕事の前提が大きく異なりますね。
よくある話として、じっくりとコミュニケーションを取りながら業務を進めてきたチームの中に、短期的なKPI達成のためにごりごりなマイクロマネジメントが導入された結果、チームの雰囲気が明らかに変わって中期的にパフォーマンスが悪化してしまうようなことってありますよね。あえてそうすることもありますが、カルチャーや時間軸に合わない進め方を持ち込むと、どれだけ優秀な人材もチームも機能しなくなってしまうことはあります。
松本:仕事の仕方を急に変えようとすると、優秀なマーケターでも失敗しますよね。その意味で、富家さんがコニカミノルタジャパンで成功された要因は何でしょうか。マーケターとしてのスキルに加えて、事業会社、特にJTCならではの「調整能力」が図抜けて高かったからではないかと推察しています。
富家:確かに、調整能力は私の強みの1つだと思います。ただし、特別な何かがあるわけではなく、キーマンと徹底的に対話することに尽きます。

富家:タバコは吸いませんが喫煙所によく顔を出し、飲み会にも積極的に参加していました。「お前誰やねん」という関係性から踏み込み、腹を割って話すことで本音を引き出し、「私はこう考えている」という自分の意見を伝えることを心がけました。
正直なところ、私は社内の一部から嫌われていたと思います。その一方で、熱心に応援してくれる人もいました。そのバランスが重要だったと感じています。
大きな会議で全社的な課題を提起すると、総論賛成・各論反対で、様々な抵抗が起こります。ハウスリストの統合は、まさにそうでした。しかし、反対意見に対して一人ひとりに会って丁寧に説明すれば、最終的には協力を得られました。個別だと、面と向かって文句を言う人は少なく、「あの場ではああ言ったけど、応援しているよ」と言ってくれるものです。
何よりも大切なのは「誠実さ」です。約束を守る、嘘をつかない、素直である、わからないことを正直に伝える、間違っていることには間違っていると主張する、といったことです。
松本:一方で、一般的には「調整」が苦手な人は多いです。事業会社の方々に「こうしたい」という思いがあっても、上司を説得したり、社内を動かしたりすることに苦労しているケースは多いかと思います。そのような方々にアドバイスはありますか?
富家:「話す前に書け」ですね。悩んでいる方々は、おそらく話すばかりで書いていないのではないでしょうか。コニカミノルタジャパン時代、私は「書く、話す、やる」を高いレベルで実行し続ける組織をミッションに掲げていました。「書く」が最初に来るのは、書けないことは話せないからです。
AIが発達した今、文字起こし機能を使えば、話した内容をテキスト化することも容易です。箇条書きでもいいので実際に書いてみると、自分が壮大だと思っていたアイデアが2行で終わったり、論理展開に矛盾があったりすることに気づくでしょう。
マーケティングセンターのロードマップも、3ヵ月かけて上司に提案しながら完成させました。上司は部下からの提案を求めているはずですし、そういう努力は必要です。
短期と中長期のバランス感覚を養うには?
松本:管理職としての経験を踏まえてお聞きしますが、短期的な目標達成のプレッシャーと、中長期的な組織基盤の構築(人材育成や文化醸成)という、対立しやすい二つの要素は、どのようにバランスを取っていたのでしょうか。
富家:短期目標の達成は、中長期的な成長の前提であると考えています。この前提に立って、短期目標を達成するために、組織がどのような状態であるべきかを言語化し、それに対するアクションプランを作成することが、短期と中長期の両立には不可欠です。
たとえば、当時のマーケティングチームでは、定量的な目標としてパイプラインの金額を設定していました。仮に10億円だとしましょう。「10億円を達成するための施策」と、「それが達成できている時のチームの状態」の二軸を想定してアクションプランを作成するのです。
後者の「チームの状態」とは、たとえばMAツールのスコアリング機能が適切に運用され、メール配信が効果的に行われている状態、あるいはインサイドセールスとマーケティングチームが連携し、コールログを基にトークスクリプトの改善が回っている状態などです。
「組織のあるべき状態」を目標に設定することで、日々の行動KPI(何件架電するかなど)と、定性目標(トークスクリプトの改善など)を連動させることができます。コールログを聞いてトークスクリプトが毎週改善されている状態を目指すなら、今日何をすべきかが明確になります。
「定量目標を達成するための行動」と、「定性目標を達成するための行動」を連動させてアサインすれば、短期と中長期の成長は両立できると私は考えています。
