「How」の8割はAIが代替する。マーケターが負うべき「責任」
MZ:手法(HOW)が多岐にわたり増え続ける中で、マーケティングやマーケターが果たす役割はどう変化してきたのでしょうか。
西口:変わったこととしては、まずマーケターの役割範囲です。20年前、マーケターの中心的な役割は「メディア戦略の立案者」「広告の制作者」「ブランドの守り手」でした。現在は「顧客体験全体の設計者」「データとAIを使った継続学習システムの運用者」へと、範囲が大きく拡張しています。さらには、「生成AIを前提とした業務オペレーションの再設計者」や「組織内の知見をAIに結びつけて学習可能な資産にするナレッジ・アーキテクト」としての役割まで問われ始めています。
また、捉えられる顧客解像度も変わりました。20年前は粗い解像度でしか顧客を理解できませんでしたが、現在は購買履歴・行動ログ・問い合わせ内容など多様なデータで、細やかな解像度で個別の顧客を捉えられるようになりました。同時に、「データに溺れて本質を見失う」リスクも新たに生じています。
意思決定の時間軸も変化しました。20年前は、ブランド戦略を年単位、商品開発を半年から数年単位で動かしていました。現在は週次・日次でPDCAが回り、AI時代には実時間での自律最適化さえ視野に入っています。
そして、最も大きな地殻変動は「HOWの自動化と、経営(PL責任)へのシフト」です。メディアプランニング、バナーやコピーの生成、各種広告の運用や分析といった、デジタルデータで管理・最適化できる領域の実務のうち、およそ8割方はAIが自動化できる時代に入っています。
すると、「デジタルマーケティング」という部分最適に特化したキャリアの寿命は縮まります。これからのマーケターが目指すべきは、明確に「財務責任を持つ経営レベル」へのシフトです。
獲得数やCV数などの部分的な指標を追うのではなく、短期・長期の売上と利益に責任を持ち、商品開発から製造・物流、カスタマーサクセスまで全体のバリューチェーンを見渡した上で、「誰に(Who)何を(What)」売るかをディレクションできる経営視点。これこそが、AI時代に最も先鋭化していくマーケターの役割定義だと考えています。
20年経っても変わらぬ、マーケティングの本質
MZ:逆に、時代を越えて「変わらない本質」もあるのでしょうか。
西口:20年経っても揺るがない点は、第一にマーケティングは「WHO(誰に)・WHAT(どのような便益と独自性を)・HOW(どう届けるか)」を設計する営みだという原則です。HOWは無限に多様化・AI化しますが、その源流にある「WHOにとっての価値(WHAT)」を人間が定義しない限り、いかなるAIツールも空転するだけです。
逆に、このWHO・WHATが研ぎ澄まされていれば、HOWは時代の最適解を選び続けることで価値を最大化できます。これは私が一貫して述べてきたことであり、AI時代に入ってから、むしろこの本質の重要性は増しています。
第二に、「N=1(個人)の解像度なくして、N(全体)の戦略は設計できない」ということ。AIは過去の学習データから相関の発見や筋の良い提案をするのは得意ですが、自ら意思決定や責任を負うことはしません。データが大規模化し、AIが自動分析を担うようになった現在こそ、一人の生活者の物語を深く理解する「N1分析」の価値は高まっています。「なぜその一人がそう感じたのか」という因果と意味を構造化し、責任を持って決定するのは人間の仕事です。
第三に、ブランドが選ばれるためには「便益(顧客にとっての価値)」と「独自性(他では得られないこと)」の両方が同時に成立する必要があるという原則です。この両立を生活者の心の中に設計することが、20年前も今もマーケティングの中核にあります。
