AIには要約できない「生きた情報」が、信頼になる
この「画面の外」への理解が土台となり、AIには代替しにくい2つの価値を生む。1つ目が、ユーザーが残す「生きた情報」だ。活動日記、写真、登山経路を示す軌跡のデータ――いわゆるユーザー生成コンテンツ(UGC)だが、YAMAPで特徴的なのは、誰かが歩いた記録が、次に同じ山へ向かう人の安全・安心を判断し、山を最大限に楽しむための材料になっている点である。
「ユーザーが記す活動日記には、本当に後から来る人のために書いている方もいます。一方で、自分の思い出として残している方もいます。ただ、それらが結果として次の人のためになる。そのサイクルが、感謝の輪としてできています」(﨑村氏)
前日に登った人が雪の残り具合を写真で残す。子連れで歩いた人が道の険しさや休憩しやすい場所を記録する。花の開花状況が、次に訪れる人の楽しみになる。ガイドブックだけでは直近の状況を得にくい地方の里山ほど、こうした情報が効く。ある人の思い出が、別の人の安心につながっているのだ。
「みんなの軌跡」機能は、実際に人が歩いた軌跡を地図上で可視化する。表示は直近1年に限定し、古い情報を削除することで鮮度を保つ。投稿をただ蓄積するのではなく、次のユーザーの判断に役立つ形へ整えることで、UGCが信頼できる情報資産として機能している。
もっとも、登山情報の一部は一般的なAIサービスや検索でも得られる。﨑村氏も「登山の情報をAIで調べる人が増えること自体は良いことだ」とし、山の楽しみ方や裾野を広げる機会になりうると見る。
一方で、山に入る行為には、天候、積雪、道の荒れ、混雑、体力、同行者の経験値など、日々変わる条件が関わる。AIは山の概要やアクセス、一般的な注意点を整理できても、その時々の状況に応じた判断材料まで十分に提供するには課題が残る。そこにYAMAPの「実際にユーザーが自分の足で歩いた生きた情報」がある。人が安全・安心に山と向き合う上での生命線だ。

AIが情報を容易に要約する時代だからこそ、人が実際に歩き、見て、感じた情報の価値は薄れにくい。直近の状態を伝える「鮮度」、人が歩いた記録である「現場性」、そして次に山へ向かう人が行程・装備・安全確認を判断できる「判断可能性」――YAMAPの強みは、この生きた情報を、登山者の安心と自然を楽しむ体験へと接続している点にある。
ステークホルダーとの関係が、「市場の前提条件」を守る
2つ目が、市場が成り立つ前提条件そのものを守ることだ。それは、山を支える関係づくりから始まる。同社は創業初期から登山道整備や森づくりに取り組み、近年はふるさと納税やガバメントクラウドファンディングも展開。自治体から寄せられる地域や山の課題を、YAMAPとユーザーで解決する取り組みも進める。
「山の維持・管理は本質的にローカルな営みであり、地域・行政との関わりが不可欠です。山に行く人が増えると、登山道が整い、維持されやすい傾向にあります」(﨑村氏)
登山者が安全に山を楽しむには、登山道が維持されていること、地域や行政と連携できることが欠かせない。山を歩く体験は、アプリの機能だけで完結せず、登山道、地域、行政、自然環境との関係の上に成り立っている。

逆に、登山道が荒れ、事故が増え、地域が登山者を歓迎しにくくなれば、山に向かう人の体験そのものが細っていく。山の持続可能性は、YAMAPのような登山アプリ市場が成り立つための前提条件に近い。YAMAPにとって登山道整備や地域連携は、事業の外側に置く社会貢献ではなく「事業の根幹をなす営み」なのだ。
