「ロイヤル顧客ほど儲かる」の思い込みと、同じ客層を擦り続けるリスク
「顧客でいる期間が長いほど利益率は高くなる。だからこそターゲットを絞ってロイヤル顧客に育てるべきだ」という説も根強い。マーケティング界隈で語られる「1:5の法則」(新規顧客の獲得コストは既存顧客の5倍)や「5:25の法則」がその代表格だ。
しかし芹澤氏は「そんなエビデンスはありません」と一刀両断。ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された論文の一説を引いて、ロイヤルティと利益の関係は我々が思うより弱く、むしろ顧客でいる期間と利益を同一視するのは過度な単純化につながる恐れがあると指摘する。
芹澤:「ある研究によると、長期客ほど価格やコスパに敏感になると言われています。また利用額についてもカテゴリーによっては期間とはほぼ関係ないか、むしろ短期客のほうが高いこともあるそうです。一方、同じ売上をつくるためのコストは新規客も長期客も大して変わらない。その結果、期間と利益の関係は0.2程度で、ネガティブトレンドを描くこともあります」
それを受けて木田氏は、「新規顧客の獲得コストは既存顧客の5倍」という言説が会議でいかに"正論"として機能してしまうかを語った。
木田:「新規を増やしたほうがいいのではという意見を挙げると、会議ではかなりの確率で、『新規顧客の獲得コストって既存顧客の5倍ですよね』という話が出てきます。数字が付いているうえに、有名な本などでも繰り返し紹介されているので、非常に正しそうに聞こえるんです。ですが、その『5倍』が、どの市場・どの条件で確認された数字なのかまで検証されないまま、一般法則のように使われていることがあります。少なくとも、あらゆる市場に当てはまる一般法則として扱えるエビデンスではありません。数字があるから正しいのではなく、その数字の出所と適用範囲を見る必要があります」
Take Away(2)
「既存顧客ほど儲かる」にエビデンスはなく、同じ客層を擦り続けるマーケティングは早晩、利益の頭打ちを招く。"5倍"のような数字は出所を疑う姿勢が要る。
「人」ではなく「文脈」で考える——心理セグメンテーションの限界とCEP
商品開発の文脈では「ターゲットを決めないと、結局誰にも刺さらない中途半端なものになる」という言説も根強い。芹澤氏はこれも「言いたいことは分かるが、認識としてやや甘い」と指摘する。そもそも、同じカテゴリーで競合するブランド間の顧客プロファイルはほとんど変わらないからだ。
性別・年代といったデモグラフィクスも心理変数も、競合ブランド間でほとんど差がないことが、消費財・耐久財・サービス財を含む広範囲な研究で示されており、近年の大規模な再現研究でも同様の結果が得られている。先進国でも新興国でも、ローカルブランドでもグローバルブランドでもこの傾向は変わらないという。
価値観やライフスタイルによる心理セグメンテーションについても、芹澤氏は明確に否定する。実際の行動の分散のうち、性格・価値観・ライフスタイルといった、いわゆる「人となり」によって説明される部分はわずか数%にとどまるという研究がずらりと並ぶ。一般的には、心理変数では行動の「1割」も説明できないというのが芹澤氏の結論だ。
芹澤:「セグメンテーション系の分析は私自身も何度もやってきましたが、内面的な部分ではブランド選択にほぼ差が出ずに困った経験があります。今振り返れば単純な話で、そもそも差がないところに、頑張って差を見つけ出そうとしていたに過ぎなかったわけです」
ここで芹澤氏は一つのパラダイム転換を提案する。それは、行動が変わるのは「人軸」ではなく「文脈軸」だという考え方。消費者は人となりで買うのではなく、その場の状況やその時の気分に応じて買うのが自然だからだ。
実際、消費者の生活を起点に考えると、需要は生活の中で生まれ、必ず「文脈」を伴う。そしてブランドが想起されるかどうかは、購入時の文脈とブランドが結びついているかどうか次第だ。大きなブランドほど多くのCEP(カテゴリーエントリーポイント)と結びついており、市場シェアと文脈想起の相関は0.8以上にもなる。
そうしたことを踏まえて芹澤氏は、「誰に何が価値になるか」を考えるためには、結局、「どんな時にブランドのどのような側面が価値になるか」まで落とし込んでやる必要がある、と締めくくる。
Take Away(3)
競合ブランド同士の顧客構成はほぼ同じであり、心理変数が購買行動を説明する力も極めて小さい。「誰か(人となり)」を絞るより、「どんな文脈で価値になるか」というCEPの発想に切り替える。
