仕様書より先に「動くもの」を作る
AIが「実行」まで担えるようになると、変わるのはデータ分析だけではありません。マーケターとエンジニアとの関係を大きく変えるのが、プロトタイプ作りです。
従来、新しい分析ツールや診断サービスを提案する場合、企画書を作り、要件を整理し、開発工数を見積もり、関係部門の承認を得てから実装に進んでいました。完成した画面を顧客が初めて見るのは、数週間後、場合によっては数ヵ月後でした。その時点で「想像していたものと違う」とわかれば、手戻りは大きくなります。
コーディングエージェントを使えば、マーケター自身が簡易的な市場調査ツールや診断エージェントのデモを、短時間で――私の感覚では5分程度で――組み立てられます。商談中に仮説が出たら、条件を変えてその場で試します。顧客は説明資料ではなく、実際に動く画面を見て判断できます。
ここでの「5分で作る」は、5分で安全な本番システムが完成するという意味ではありません。5分で仮説を可視化し、検証を始められるという意味です。この違いは極めて重要です。
プロトタイプの目的は、完成品を作ることではありません。曖昧な要望を具体化し、「誰が、いつ、何のために使うのか」「どのデータが必要か」「顧客が価値を感じる部分はどこか」を早い段階で発見することにあります。
開発への依頼も、「このような機能が欲しい」という抽象的な説明から、「このプロトタイプで価値を確認できました。次はこの処理を安全かつ安定的に本番運用したいです」という具体的な相談へ変わります。
BigQueryエージェントが、社内の待ち時間を変える
では、冒頭で紹介した「伝言ゲーム」は、実際にどう変わるのでしょうか。私たちインティメート・マージャーでは、BigQuery上のデータを対話形式で扱える環境をフロント部門へ開放する取り組みを進めています。
営業担当者が「日焼け止めに関心のある20代女性はどの程度いるか」と入力すると、エージェントが定義や対象期間を確認し、許可されたデータの範囲で集計します。これまでデータ担当者への依頼と回答待ちに数日を要していた業務を、その場で検討できるようにする狙いです。
価値は、単に集計が速くなることだけではありません。最初の結果を見て、「20代では少ないので30代まで広げましょう」「関心だけでなく直近の購買行動も条件に加えましょう」と仮説を連続的に更新できます。データ分析が依頼業務から、顧客との対話そのものへ組み込まれます。
エンジニア側も、曖昧な抽出依頼への対応から解放されます。マーケターが自ら条件を検証した後に、「この定義で継続利用したいです」「本番環境で安全に動かしたいです」と相談するため、要件が明確になります。エンジニアは、アクセス制御、データクリーンルーム、品質保証など、専門性が最も生きる仕事へ集中できます。
ただし、対話画面を用意するだけでは不十分です。AIが参照できるテーブル、実行可能な処理、表示できる集計粒度を事前に制御しなければなりません。個人単位のデータを表示させず、一定人数以上の集計結果だけを返すといったプライバシー保護も、利用開始前の設計に含める必要があります。
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簗島 亮次(ヤナシマ リョウジ)
株式会社インティメート・マージャー代表取締役社長。
慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科を2010年首席で卒業。2013年、Googleのレイ・カーツワイル氏が2020年に起きると予測した「あらゆるデータがひとつに統合される」という革命を冠した株式会社インティメート・マージャーを創業し、2019年10月東証マザーズへ上場。...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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