五感に訴える「心持ち」のメディア設計と波及モデル
両社のWhatが明確になったところで、北原氏は次のテーマとして、定義したWhatをどうブランド体験として届けるべきか(How)、そしてその投資を正当化する裏側の意図(Why)について両者に問いを投げかけた。
現在、カルビーはメディア戦略の基本軸をSNSに置いている。しかし、単なるリーチ効率の追求が目的ではない。「流通や営業対策(BtoB)としてのTVCM」「ベースキャンプ(注力ペイド)としてのYouTube」「波及を狙う意識的ノンペイドとしてのX」と、役割を明確に切り分けている。この設計の根底にあるのは、人間が情報を受け取る際の「五感」と「心理状態」への着目だ。
渡部氏は、TVCMの利点が「視覚と聴覚のハイブリッド」による記憶の定着にあるとし、SNSの中でそれに最も近い視聴態度をとるのがYouTubeであると分析する。同じ動画プラットフォームでも、情報を押し流すように消費するメディアと、検索を通じて能動的に情報を摂取するメディアとでは、ユーザーの記憶への残り方がまったく異なる。
メディアを選ぶことは、情報をどう受け取ってほしいかという心理状態を選ぶことと同義であり、渡部氏はこれを「心持ちのプランニング」と表現する。
「同じ人間、同じ新聞でも経済紙とスポーツ紙を読むときで心持ちが違います。メディアプランニングとは『心持ちのプランニング』なのです」(渡部氏)
さらに渡部氏は、「バズること」自体は目的ではないと断言。プロモーション施策を「I型(情報を受容するだけ)」「V型(そのままシェアする)」「X型(自分なりに加工してシェアする)」の3スタイルに分類し、意図的な情報波及の設計を行っていると説明する。
たとえば、ポテトチップス50周年プロモーションでは、ただのサンプリング(I型)で終わらせず、目を引く特製紙袋に入れて配布した。これにより、受け取った人の一次体験、持ち歩く人を見た周囲の人間の二次体験、紙袋のデザインをSNSで知る三次体験と段階的な体験およびSNSでの拡散を設計した。さらにはメルカリで袋を売買する層まで現れ、想定外の四次体験者まで生み出した(V型)。
また、Snow Manを起用したmiinoのWeb動画施策では、ファンが自らコンテンツを加工・発信したくなる余白を作ることで(X型)、限られた予算でも長期的な露出と売上維持を実現している。
いずれも、単なる話題化ではなく、確実な体験と購買行動へつなげる設計がなされている。
AI時代の「分人ブランド」とROIに基づく投資判断
カルビーが人間の心理や五感に根ざしたアプローチをとる一方で、カカクコムの小島氏は、テクノロジーとデータを起点とした合理的なアプローチを展開する。小島氏が重視するのは、現在のデジタル上における最大の“棚”である「Google検索」や「AIのレコメンド」において、いかに優位な位置を確保し続けるかという点だ。
Google検索は言わずもがなだが、近年、転職の相談をまず生成AIに対して行う層が急増している。“AIから「求人ボックス」を推奨される状態”を作ることも、新たに重要となった“棚取り”の施策である。その棚から選ばれるためのAI時代のマスマーケティングとして、小島氏は小説家・平野啓一郎氏の概念「分人主義」の考えを応用した「分人ブランド」という概念を提唱する。
※分人主義:人間は本当の自分という一つの人格を持つのではなく、対人関係や環境ごとに変化する複数の人格を持つという考え方
かつては物理的な制約からワンメディア・ワンメッセージが基本だったが、現在はAIやデジタル技術の進化により、極論を言えば1億人に対する1to1のメッセージの使い分けが可能になってきている。求人ボックスというブランドの根幹は保ちつつ、求める雇用形態や条件など、求職者一人ひとりのニーズやモーメントに合わせて、メディアやクリエイティブの「表情」を柔軟に使い分けてコミュニケーションしているのだ。
「求人ボックスという軸を持ちつつも、ニーズの違いに対して、表情を使い分ける。これが私たちにとっての新しいマスマーケティングの捉え方です」(小島氏)
北原氏はこの戦略について、What(提供価値)の軸を固定したまま顧客のモーメントに合わせて見せ方を変える設計であり、軸がブレる「八方美人マーケティング」の罠を回避した理にかなった手法であると評価する。
さらに小島氏は、ブランド投資の「Why」について、業界のゲームルールとROI(投資対効果)の観点から説明を加えた。
求人サービスはプロダクト機能に差がつきづらいため、「サービス名をよく聞く」というシンプルな要素が利用を強く後押しする。ブランド認知が積み重なることで選ばれる機会が増え、一度利用したユーザーが数年後の求職機会に再び戻ってくるという「複利効果」が生まれる。この中長期的な効果を見立てながら、継続的なブランド投資にチャレンジしているという。
この記事は参考になりましたか?
- この記事の著者
-
MarkeZine編集部(マーケジンヘンシュウブ)
デジタルを中心とした広告/マーケティングの最新動向を発信する専門メディアの編集部です。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア
