エンタープライズ営業の武器「事例」に必須の3要素とは?
松本:事例として「営業担当者1人あたり年間400時間の工数削減を見込む、大手企業の生成AI活用の裏側(※当時)」という具体的な数字が出されていて、これは非常にインパクトがあると感じました。具体的かつ定量的なROIを提示し、かつそれを対外的に公表できることは、エンタープライズ営業において極めて強力な武器になります。どのようにお客様を巻き込んでいかれたのか、そのプロセスについてお聞かせください。
山川:まず、我々のような知られていない未上場のベンチャー企業が新しいサービスを市場に投入する際、最も重要なのは「オフィシャルな事例」だと確信しています。加えて、両社が本気で取り組んだ成果だと示すためには、プロジェクトの責任者の方に顔出しでご登場いただく。これが、重要です。
事例に求められる要素は3つです。1つ目は「多くの方が知っている企業であること」、2つ目は「定量的な数字を出すこと」、そして3つ目は「事例の数を最速で増やすこと」です。
定量的な数字については、コスト削減効果など、できるだけわかりやすい指標を選び、目立つ場所で訴求することが重要です。たとえば展示会は、限られたスペースでわかりやすい情報を、最もシンプルな形で伝えなければならない場です。定量的な成果や豊富な事例の数が、来場者の足を止める強力なフックになります。
松本:事例で謳っていた成果は、御社のチームが入り、様々な支援を行った結果なのでしょうか?
山川:結果としてはその通りですが、そこに至るプロセスを大切にしています。 まず、お客様と「何を目指すか」「KPIをどう設定するか」というゴールを共有します。そして「対外的に発信できるほどの成果が出れば、社内としても取り組みを加速しやすくなります」とご提案させていただきます。エンタープライズ企業にとっても「先進的なAI活用に取り組む企業」という側面を見せることは、市場でのポジショニングを高め、IRやPRの観点からも有益です。特にAIのように先進的な技術の場合、「取り組みが早い」こと自体が優位性になり得ます。
そして、その成功事例をもって「うまく活用されている企業様はこれくらいに達しています。御社はいかがですか?」と他社に問いかけました。先行指標で成功事例を作り、それが次なる成果指標につながっていく。この順番が重要だったのです。
松本:1つの成功事例が、他のお客様への営業トークとなり、新たな成功事例を呼ぶという、非常に美しい循環が生まれているのですね。
山川:ただし、今となっては「利用率が何パーセントか」ということは、強いPRにはならないでしょう。時期によって、マーケティングで打ち出すべきポイントは流動的に変わります。いつ、どのマーケティングトークや事例を前に出すべきか。その変化を肌で感じるために、経営者や責任者が顧客と直接対話し、何が本質的に重要で、一方で何がフックとして刺さっているのかを常に把握しなければならないのです。
メディアに露出すると意思決定者の同席が増える!?
松本:山川さんは、タクシーCMや各種メディアに積極的に露出されていますよね。タクシー広告で山川さんをよくお見かけするため、すっかり顔なじみのような感覚さえあります。山川さんという「顔」が表に出ることで生まれる信頼が、先ほどおっしゃっていた「レバレッジ」にもつながっているのだと推察します。実際、こうした露出は、リード獲得、初回商談、その後の意思決定スピードの短縮など、どのフェーズに最も効果を発揮するのでしょうか。
山川:最も効果が顕著に現れるのは、「意思決定者の商談同席率の向上=案件化のリードタイムの短縮」です。「業界で著名かつ事例に詳しい人が同席するから、社長も出てください」といった流れを自然に作ることがポイントです。
山川という個人を前に立たせることは、会社の経営・ブランド戦略として明確に掲げています。そのための具体的なアクションが、書籍の出版やメディアへの登壇、タクシー広告への出演などです。
我々のような、まだ認知度がそれほど高くない企業がROIを最大化するためには、他社がやらないことをやる必要があります。多くのSaaS企業がタレントを起用してサービス画面を見せながら機能を連呼する広告を打つのであれば、我々は一切それをやらず、経営者とお客様で一緒に前に出ます。
ただ、私がメンバーに最も伝えているのは「ギブリーはAIの会社」「タクシーによく出ている人がいる会社」という入口から始まった関係性を、いかにして「自分個人」との関係性に転換していくかです。そのために重要なのが、ビジネス上のA面だけでなく、個人の価値観やプライベートといった「B面」を開示していくことだと話しています。AIやデジタルマーケティングが接点作りを簡易化した反面、マインドシェアをとれる人材は相対的に希少価値が上がるからです。
弊社では社員一人ひとりが自分を開示し他者から魅力的に感じてもらえる人になるための施策に、多くの時間とコストを投じています。たとえば、全社で料理大会を開催したり、社員がママを務める「スナック」を開いたりしています。組織へのロイヤリティを高めることは、技術やサービスがコモディティ化したとしても他社に模倣されない、究極の組織的競合優位性であると考えています。
山川:最先端のテクノロジーを扱う一方で、その対極にあるような、非常にウェットなことにも全力で投資をし、社員やお客様を巻き込んでいく。それが我々のカルチャーであり戦略です。
松本:コロナ禍を経てリモートワークが普及し、ビジネスライクな関係性を是とする企業が増えている印象があります。そうした中で、ウェットなコミュニケーションを重視し、磨き上げていくことは、どのようなリターン、あるいは効果を生むのでしょうか。
山川:一言で言えば、「越境」が生まれることです。
ファンクション(職能)ごとに分業化が進むと、個人のキャリアは頭打ちになりやすく、組織としても「落ちているボールを誰も拾わない」弊害が生まれます。企業が成長し人が増えると、真正面から責任を引き受ける経験を得られづらくなることもあります。
またマーケティング、営業、人事、経理といったあらゆるファンクションでスピード感のある施策が進むようになると、隣の部署で何が起きているかわからない状態は、無駄な投資を生む温床となります。AI時代でいうと、トークンコストもその1つとして表れるでしょう。
部門間の壁を越えていくには、ルールで縛るのではなく、社員が自発的に越境したくなるような環境、つまりコミュニケーションが自然に増える状況を戦略的に用意することが重要です。
インナーブランディングは、「あの部署の〇〇さんが悩んでいるらしい」「私は、前職でこんなお客様とつながりがある」といった声が自然に上がる土壌を育みます。それは、当たり前に売上にもインパクトを与えるのです。そんな会話のきっかけを作りやすくする施策を、経営者は能動的に行わなければなりません。
