「試行回数×ラーニング能力」でしか、成果につながる筋力は増えない
――そうした中で、成長する人材と停滞する人材の分岐点はどこにありますか。
思考と判断の質によって、二分されるでしょう。ではその質をどう上げるかというと、「実際の施策を試行する回数×目の前の結果事象からのラーニング能力」の掛け算です。
成功から「なぜうまくいったのか、横展開できるのか」を考え、失敗からは原因を特定し改善する。言葉では単純ですが、この振り返りの習慣と能力には著しく個人差があり、それが成長速度の差につながります。仮説検証のPDCAサイクルを回す回数と質の深さから、思考と判断の力は上がります。
デジタルマーケティングは、この施策の試行回数と、ラーニングするためのデータの手がかりを劇的に増やしました。マス広告だけがメインの時代は3ヵ月かけて目玉の施策を準備し、シーズン毎に結果がわかるまでにまた時間がかかっていました。
一方、毎日バナーやLPのテストを繰り返していたマーケターは試行回数の桁が違い、ラーニングの機会は確実に増えています。AIによって試行回数もラーニングも、そのレバレッジがさらにかかるという感じです。
価値が下がる「形式知」と、個人の価値が宿る「実践知」
ではラーニングの「深さ」は何で決まるか。ここで効いてくるのが、書籍や研修で学ぶ体系的な知識、すなわち「形式知」です。実行したことをレビューし、「次はどうするか」と課題を形成する際、体系的な知識があるほど、気づきを得るための視点は広がります。
形式知は振り返りの解像度を上げるための道具であり、その役割はこれからも変わりません。ただし、形式知を「持っていること」自体の価値は、AIによって急速に下がっています。20年以上この仕事をしている私でも、「単純な一般論の知識や判断は、AIに相談したほうが良い答えが出るな」と思うことが増えており、人間が勝てる見込みは薄い。
一方で、まだデータとしてAIが読み込めていない「実践知」は、世の中にあふれています。また、目の前の顧客・組織メンバー・事業の繊細な特性によって、チューニングが必要なことは多岐にわたります。また、「一般論のセオリーとしてはやるべきだが、リソース投資先を絞り込み、あえてやらない」といった、目の前の現場に当てはめて複雑な判断を下す領域には、現時点でも人の優位性が残されています。
そして、その原資となる実践知は、目の前の結果を素直に受け入れ、今後に活かす「ラーニングする能力」にかかっているのです。
マーケティングの形式知も飽和しつつあり、10年前なら皆さんがおもしろがって聞いてくれていたような知識やフレームワークの話も、「今更そんな基本は聞きたくない」といった空気が漂っています。しかし、「この事業でこう当てはめて、こう判断し、実行したらこういう理由でうまくいった・いかなかった」という話になると別で、多くの人に学びをもたらします。
ざっくりと言えば、形式知の大衆化・コモディティ化が進む中で、法則や体系的な知識を目の前の顧客・事業・施策に適用した、その解釈の独自性こそが付加価値となる「実践知」。個人の価値はそこに残っていくというのが、現時点のフェアな解釈だと思います。
働く個人も、支援会社も、メディアも、形式知の範囲での情報提供によってマネタイズすることは厳しくなっていくはずですし、現実は既にそうなっていると感じています。
