顧客の課題はより「ニッチ」になりつつある?
田中:顧客の課題に応える機能やプロダクトの開発スピードは非常に早くなっているわけですね。本日この場に多いマーケティングや営業の立場で意識すべきことは、変わるのでしょうか。
本松:大きく変わるはずです。3〜4年前、コロナ禍の頃はSaaS業界にとってバブルのような時期で、正直、顧客理解や製品理解が浅くても成果が出せた部分はあるでしょう。リモートワークならクラウド型システムが必要だ、インボイス制度が始まるなら対応した業務システムが必要だ、と強く顕在化したニーズがあり、「我々の製品で解決できます」と営業スクリプトに落とし込めば売れていったからです。
しかしその状況が終わり、お客様自身もAIを含めて膨大な情報を集められるようになると、単純な機能訴求では売れません。マーケも営業もお客様のところへ足を運び、「大きなあるある」ではなく細かいレベルのペイン(痛み)まで理解する必要が出てきます。
当社はテレビCMを打ちますが、昔と比べて載せる「あるある」はどんどんニッチになっています。ニッチでも深く刺さればいい、という発想です。ここまで来ると、製品を作る人たちと営業・マーケの顧客理解は、かなり近しいレベルにならなければいけません。

コモディティ化のなかで、なぜ選ばれ続けるのか
田中:プロダクトのコモデティ化は避けられないですよね。お客様から見れば数十のプロダクトが同じに見えてしまう領域もあるなかで、なぜ両社は成長し続けられるのでしょうか。
栗栖:当社はポジショニングを常に変え続けながら、お客様に選んでもらえる比較軸をこちらから作って提示し続けてきました。始まりは労務業務の効率化ですが、当時は「労務管理クラウド」という市場自体がなく、比較すらされなかった。
次の大きな変化がタレントマネジメント領域です。先行プレイヤーが複数いるなかで、後から入った私たちが「同じことができますよ」と言っても機能の量では勝てない。そこで強みだった労務を活かし、「従業員データを集めて貯めて活用する」というフレームを打ち出して労務とセットで売り、数字を伸ばしました。
田中:その「軸を作りに行く」とき、何を意識していますか。
栗栖:いつもうまくいくわけではありません。ただ最近では、まだ正式な業務として名前のついていない細かな業務──しかし積み重なると大きな負担になる業務に、「名もなき業務」という名称をつけてカテゴリ化することを試みています。
たとえば、人事労務のご担当者様は全従業員とやりとりするので、Aさんに答えたばかりの問い合わせがBさん、Cさんからも来る。提出物を依頼しても期限内に全員は出さないので催促とリマインドに1〜2時間使うことになる。
ここに「AIで自動化しましょう」と効率化の便益だけを話すのではなく、「名もなき家事」をもじって共感してもらう。「名もなき業務で一句詠んでください」という川柳企画をスタートしました。

本松:「名もなき業務」に名前をつけに行くのは、とても良いアイデアだと感じました。当社でも、一般には認知されていないけれど、ご担当者にとってはボリュームがあってペインを感じている業務にフォーカスすることを重視しています。
過去に作った「心の声編」というCMがそうです。経理の方が伝票の不備を指摘しに行くと、たいてい「こんなちょっとしたミスなら直しといてよ」と嫌な対応をされる。名前はついていないけれど、すごいペインなんです。それをシステムで解決できると製品に組み込んで伝えると、非常に共感していただけて、販売につながります。
田中:おふたりのお話を、Must HaveとNice to Haveそれぞれの戦い方として整理させてください。Must Haveの領域では、どんな営業でもお客様に届けられるくらいプロダクトを磨き込むことが要になる。DXは正直難しく、お客様に行動変容していただくのは簡単ではないからこそ、今ある業務をそのまま落とし込む発想が必要です。
一方、Nice to Haveの領域では、セールス力に加えて伴走が欠かせません。「あったらいいな」の製品である以上、顧客の行動変容に伴走し、決断してもらえる提案をするカスタマーサクセスがなければ伸びていかない。そしてその先に、Nice to HaveからMust Haveへの昇華があります。
