現地へ行く前に「沼る」。デジタル前提のフィジカル体験
朝本:ここまで挙がった事例を踏まえると、かつてのフィジカル体験と、現代の「デジタル前提のフィジカル体験」では、構造的な違いがあるように感じます。具体的にはどのような変化が起きているのでしょうか。
森永:一つは、クローズドなチャットやSNSコミュニティを通じて、現地に行く前から「熱量」が仕上がっている点です。あるコンテンツに少しでも興味を持って検索したりSNSを見たりすると、アルゴリズムによってそのコンテンツの情報がタイムラインに溢れ出します。そうしてコンテンツへの理解が深まり、「沼」にいざなわれてしまう。実際に現地へ足を運ぶ頃には、非常に熱量の高い状態になっているんです。

朝本:実際、あるアイドルグループのファンになった方に経緯を聞いたところ、テレビの音楽番組で偶然見かけて興味を持ち、検索したそうです。するとSNSのショート動画でグループのコンテンツが次々に表示されるようになり、YouTubeの長尺動画を見るようになり、最終的にライブのチケットを買って足を運んだと。テレビという接点からデジタル上のアルゴリズムを経て、フィジカルな熱狂へつながる動線が見事に機能していますね。
野田:テレビというマスメディアが最初のきっかけとして機能しつつ、デジタルがそれを急速に補強・拡張しているのが面白いですよね。
「デジフィジ同期」がもたらす体験とコミュニティの拡張
野田:変化といえば、最近の10~20代を中心に流行している「伊能忠敬界隈(いのうただたかかいわい)」というムーブメントをご存じでしょうか。これは山手線を徒歩で1周するなど、長距離を徒歩で移動する若者たちを指す言葉です。「デジタルデトックス」の取り組みに思えますよね。ですが、実際はそれだけではないんです。
朝本:どういうことでしょうか?
野田:たとえば朝、友達と集まって歩き始めた瞬間から、常にSNSで「今どこに着いた」と発信し続けるんです。すると投稿を見た仲間が「近くにいるから合流するね」とやってきて、リアルで参加する仲間がどんどん増えていく。ランチの場所もSNSでリアルタイムに探し、歩いている最中の動画を撮影し、最後は1日の振り返りVlogにまとめてSNSに投稿する。デジタルとフィジカルを行き来しながら、双方の体験やコミュニティを拡張させているんです。
森永:「フィジカルが楽しい」というより、デジタルとフィジカルが融合している状態を楽しんでいるわけですね。
野田:はい。以前メ環研では、オンラインで集う行動を「オンライン同期」と呼びましたが、今やデジタルとリアルが区別なく連動して同期する「デジフィジ(デジタル・フィジカル)同期」と呼ぶべきフェーズに入っています。
朝本:デジタルの情報圏とフィジカルな世界があるという二元論ではなく、その境目が消えて完全に地続きになっているのが、現代の生活者のリアルですね。
