AIで獲得できるのは情報に過ぎない。ベストな体験の提案へ
では、メディアが置かれる現況に対し、盛崎氏はどう感じているのか。
「危機感はあるといえばあります。ただ、AIで獲得できるのは単なる情報に過ぎません。ユーザーは果たしてそれだけで満足できるのでしょうか。情報以上の満足度で違いをしっかり見せることができれば、メディアの価値は生き残ると考えています」(盛崎氏)
そもそも、旅にとって一番大事なこととは何だろうか。盛崎氏は「終わったときに『行ってよかった』と思えることです」と言い切る。
「旅行の最終日、『明日帰るんだ』と思うと何とも言えない切ない気持ちになる。そのときに『来てよかったな』と言えること。誰かと一緒なら、目を合わせて『来てよかったね』と言えることが一番大事なことです」(盛崎氏)。
るるぶは1973年の誕生以来、社会進出著しい女性の「旅に行きたいという気持ち」に対し、背中を押してきた。当然ながら単に旅行情報を提示するだけでなく、JTBが蓄積してきた「旅の背景にある思いを理解し、旅行をプランニングする」という知見もある。そうしたすべての資産を活用し、「ユーザーの背中を押すことに全力を注ぎます」(盛崎氏)と力を込める。
具体例として挙げられたのは、西村氏自身がちょうど検討中だという家族での韓国旅行だ。盛崎氏は「仮に父親の方の目線でご家族の旅行の目的を考えると、小学生のお子さんと奥様ではニーズが全く違うはずです。どちらかが我慢するのではなく、買い物やK-POPを楽しみたい人、プールで遊びたい人を同時に満足させるように、施設や移動、時間配分まで考えて提案するのが私たちの力です」と答える。
情報はAIでも調べられるが、膨大な工数をかけ、旅行者の価値観の違いを踏まえてすべてコーディネートするのは容易ではない。「ユーザーのデータから文脈を読み取り、快適に過ごせる案を一発で提案する。情報提供を、体験の提案に変えていきます」と盛崎氏は語る。
AIは型を再現して正解を探し、人間は型を外した正解を求める
この提案力を支える概念が「編集知」と呼ばれるものだ。同じ情報でも、ユーザーの背景によって、その価値も欲しいタイミングもまったく異なる。そうしたユーザーの背景を文脈から読み取って提供することが、JTBパブリッシングの編集の知見であり、それをテクノロジーで実装するというのが、プレイドとともに挑戦しているプロジェクトだ。
編集知に関して、AIはどこまで進化しているのだろうか。この問いに答えたのが西村氏だ。
西村氏はComputerworld.comの記事をベースに、人間の編集の価値を裏付けるデータを紹介した。世の中の有名な広告のブリーフをAIに渡して広告を作らせ、約3,000人に見せた実験では、確信を持って「AIが作った広告」と判断できた人は25%にとどまり、40%のユーザーは判断できなかった。ところが、人間が制作した広告のほうが、AI広告よりも販売効果は14%高く、ブランドへの好意的な印象アップも17%高かったという。
「制作物を見ると、見分けがつかないほどAIの精度は上がっています。ところが『どれにワクワクしたか』を聞くと、選ばれたのは圧倒的に人が作ったものでした」(西村氏)。
記事でも同様で、検索結果で1位に表示された記事の割合は人間執筆のものが80%。AI生成は9%と、約8倍の差がついたという。
「AIは従来のデータから型を決め、正解を求めます。一方人間が記事を作るときは、正解からあえて少し外して『これなら世の中がワクワクするのではないか』と、遊び心や冒険を入れて違う正解を求めに行きます。この外し方やひねりこそ、人間の編集知そのものです」と西村氏は語る。そうした編集知を、属人的な能力ではなく、いかに組織の知にするかが、今まさに取り組んでいるJTBパブリッシングの挑戦だという。

