AI時代にこそ問われる、マーケティングの「心臓部」
──マーケターが向き合う現在の市場環境や課題を、木村さんはどのように捉えていますか。
この10年ほどでデジタルマーケティングという「How(手法)」の精度は劇的に上がり、さらにAIの普及によって、どの会社も同じように効率的な施策が打てるようになりました。しかし、手法が緻密になればなるほど「そもそもこの商品を誰の、どんな悩みに寄り添って届けるのか」という、ブランドの核心や思いといったものが曖昧になってしまっている企業が少なくないと感じます。
よくある間違いとして、スタートアップなどでも「まずはセールスで売り、次にマーケティングをやり、それでダメなら最後にブランディングに手を出そう」と、順番で捉えてしまうケースがあります。しかし本来、あらゆる企業活動のど真ん中、心臓部にあるのが「ブランディング」なのです。
手法がコモディティ化する時代だからこそ、日々の数字を追う忙しい中にあっても、一度立ち止まって「このブランドは誰のためにどんなことをするのか」という本質的な議論に立ち返ることが、最大の勝ち筋になるだろうと考えています。
ブランドは「プレミアム感」から「体験」へ。Say/Doを一致させる
──従来のブランディングと、現代のブランディングでは、求められる役割はどう変化しているのでしょうか。

日本では長らく、ブランディング=「価格を高く見せるための装飾」「イメージを良くする認知施策」といった機能的なものとして捉えられがちでした。しかし現代は、イメージの醸成から「体験」へと大きなパラダイムシフトが起きています。
私のブランディングのルーツであるユニリーバには、昔から「Say」と「Do」というフレームワークがあります。たとえば、パーソナルビューティーケアブランドの「Dove」は「あなたらしさが、美しさ」という思想を持っていますが、それを15秒のテレビCM(=Say)で言い続けるだけでは本当のブランド価値は上がりません。実際に学校へ行って、日本の10代の子どもたちに向けて自己肯定感を高めるワークショップ(=Do)を行う。1回のワークショップでリーチできるのは30人程度かもしれませんが、非効率に見えても、こうした体験の提供こそがブランドを作るのです。
東京ガスさんも素晴らしい例です。私たちが普段ガスのことを意識しなくても良いイメージを抱くのは、決して「過去のCMを見たから」だけではありません。開通や点検に来てくれた作業員の方の「ちょっとした会話や雰囲気の良さ」という人と人との接点があるからです。極端な話、100億円かけてテレビCMを打ち続けて一部の人にしか記憶に残らないより、「東京ガスの人ってこういう人なんだ」というリアルな体験を持ってもらう方が、ブランド価値は確実に上がります。
広告の効率が下がってきている今、数年前にデジタル施策やインフルエンサー施策が脚光を浴びたのと同じように、これからは「人と人との接点」や「体験の提供」にマーケティングの軸足を移していくことが、価格競争から抜け出す一つの王道になっていくはずです。
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