都市の景観と多様な体験をつなぐ。主催者に聞く企画経緯と反響
パリから着想を得た祝賀の場を、食や文化も楽しめるOAWへと、どのように広げたのでしょうか。企画の経緯や当初の想定、実際の反響について、公益財団法人愛知・名古屋アジア・アジアパラ競技大会組織委員会(AINAGOC)広報課長の熊崎益義氏に話を聞きました。
江端:パリのチャンピオンズ・パークから着想を得て、食や文化も楽しめるOAWへと広げた経緯を教えてください。
熊崎:大会のチケット販売を担うぴあさんから、開催の約1年前に提案をいただきました。パリ五輪のチャンピオンズ・パークから着想を得た企画です。当初はチケット販売促進の意味合いもありましたが、組織委員会全体で取り組むことになり、メダリストを迎えるステージも含め、大会全体を盛り上げるイベントとして考えました。
OAWのパートナーボード(筆者撮影)
江端:実施の決定や予算化は、どのように進められましたか。
熊崎:組織委員会の予算に加え、アジア・オリンピック評議会(Olympic Council of Asia)にも企画を提案して予算をつけていただきました。大会パートナーとなったぴあさんの協力も含めて実現しましたが、そこに至るまでには、様々な調整がありました。
江端:どのような成果を目指していましたか。また、実際に得られた反響をどう受け止めていますか。
熊崎:会期中に20万人ぐらい来ていただけたらと想定していましたが、OAW全体で36.3万人となり、予測以上でした。メダリストセレブレーションに加え、子どもたちが遊べる場所やホスピタリティラウンジ、展示などにも、多くの方が来てくださいました。
江端:実際の反響は、期待と比べていかがでしたか。
熊崎:最初はメダリストが来てくれるか心配でしたが、初期に参加した選手たちが喜びを発信してくれて、「メダルを取ったら行きたい」という声が広がりました。JOCにも東京や浜松などで競技を終えた選手の移動について支えてもらい、後押しになったと感じます。
観客の皆様もサインや握手、一緒に写真を撮る体験をSNSで発信しており、会期の半ば頃からは客席の外にも人が並ぶほどでした。期待以上の盛り上がりです。
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- この記事の著者
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江端 浩人(エバタ ヒロト)
iU大学教授、江端浩人事務所 代表、MAIDX LLC代表、AlMONDO事業顧問
米ニューヨーク・マンハッタン生まれ。米スタンフォード大学経営大学院修了、経営学修士(MBA)取得。伊藤忠商事の宇宙・情報部門、ITベンチャーの創業を経て、日本コカ・コーラでマーケティングバイスプレジデント、日本マイクロソフト業務...
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