これからのセールスイネーブルメントに必要な「トップアップ」
ここまで、200点の営業が顧客と何をしているのかを見てきました。しかし、連載のテーマは「共創型営業を実現するセールスイネーブルメント」です。重要なのは、個人として優れた営業がいることではありません。顧客と共創できる営業を、組織としてどう生み出し、広げていくかです。
従来のセールスイネーブルメントは、営業組織の「底上げ」を主な役割としてきました。営業活動の型をつくり、ばらつきを減らし、誰もが一定水準の営業活動を行えるようにする。これは、いわばボトムアップの取り組みです。70点の底上げは、AIによってこれまで以上に実現しやすくなります。
だからこそ、これからのセールスイネーブルメントには、もう一つの役割が必要です。それが「トップアップ」です。トップアップとは、すでに組織の中で生まれている優れた共創の実践を、個人の経験で終わらせず、組織全体の知に変えていくことです。
たとえば、ある営業担当者が商談の中で「この問いを投げたら、顧客の目の色が変わった」という経験をしたとします。顧客主語の会議とジャーニーボードがある組織では、その体験をチームで扱うことができます。なぜその問いで顧客は動いたのか。顧客は何に気づいたのか。意思決定のどの部分が前に進んだのか。同じような状況にある別の顧客に対して、どのように応用できるのか。
こうした問いをチームで解釈し、AIを使って整理・言語化することで、一人の営業の実践は組織の資産になります。商談内容を記録し、顧客の変化を整理し、成功した問いや進め方をナレッジとして残す。AIは、優れた共創の実践を組織に広げるためのインフラになり得ます。AI時代のセールスイネーブルメントは、単に全員を70点にする仕組みではありません。顧客にとっての200点を定義し、優れた共創の実践を組織全体に広げていく仕組みです。
AIが余白をつくり、人間が共創をつくる
少し個人的な話をさせてください。
あるアライアンスを決めた商談で、私はプレゼンテーション資料の大部分をAIと一緒に作りました。市場データの整理、提案の構成、導入後のロードマップ——これらをAIが効率よく整えてくれました。一方で、最後のページだけは、ゼロから自分で書きました。
「このプロダクトの思想が好きです。公式にエバンジェリストを名乗りたい」
たった2行です。でもその2行には、相手のプロダクトをどう理解し、どこに可能性を感じ、自分たちがどのような形で一緒に未来をつくりたいのかという意思を込めました。そして、そのスライドを映しながら、10分以上自分の言葉で話しました。単なる提案ではなく、相手の思想に共感し、その未来を一緒に広げていきたいという意思を伝えました。
プレゼンが終わったあと、相手の担当者から「本日、熱い時間をありがとうございました。恥ずかしながら少し泣きました」とメッセージをいただきました。その後、数千万円規模のアライアンスが決まりました。
「顧客にとっての200点」を定義し、組織でアップデートし続ける
この連載を通じて伝えたかったことは、一つです。営業の主語を、売り手から顧客へ変えること。
「自社の営業は何点か」ではなく、「顧客にとって、自社の営業は何点か」を問い続けること。その問いを持った瞬間に、営業の景色が変わります。
AIによって、営業活動の多くは効率化されていきます。全員が一定水準の提案を作れるようになり、議事録や進捗管理の精度も上がり、営業組織の底上げは進んでいくでしょう。
しかし、その先にある問いは変わりません。顧客は何に悩み、どのような未来を実現したいのか。自社はその未来にどう関われるのか。この問いに答え続けることが、共創型営業の本質です。
AIによって営業の70点化を進めながら、顧客にとっての200点を定義し、優れた共創の実践を組織全体に広げていく。その仕組みをつくれる組織こそが、AI時代に顧客から選ばれ続ける営業組織になるのではないでしょうか。
顧客にとっての200点を、あなたの組織ではどう定義しますか。その問いから、共創型セールスイネーブルメントは始まります。
