オムニチャネル化で高い成果を上げていることでも注目を集めている、日本最大級のリユースデパート「KOMEHYO」。執行役員兼マーケティング統括部長である藤原義昭さんは、2000年にECサイトを立ち上げて以来、同社のEC事業を大きく成長させてきた。新卒でコメ兵に入社し、宝石鑑定士という顔も持つ藤原さんが、どのようにEC事業に携わってきたのかをうかがった(※本記事は、2017年9月25日刊行の『季刊ECzine vol.02』に掲載したものです)。
宝石鑑定とEC事業を兼務
藤原さんは1999年に、新卒三期生として地元の企業コメ兵に入社した。上場を果たす数年前で、これから会社が大きく成長しようとしていく時期だった。
「当時は就職氷河期だったこともあり、受かったところに入ったという感じです。とくにやりたいことがあったわけではありませんでした」
コメ兵は当時、商品ジャンルごとの事業部制をとっていた。藤原さんは貴金属事業部に配属され、店舗スタッフとして働きはじめる。EC事業を立ち上げたのは1年後の2000年のことだ。
「当時の上司がネット通販をやるぞと言って人を募ったので、そのときはパソコンも持ってませんでしたが、やりますと手を挙げました。」
はじめは事業ともいえないほどの規模で、とくに売上目標もなく、店舗業務のかたわらで運営していたという。
「個人がホームページを作るような感じで、地元のプログラマーの方にサイトをつくっていただいて。店の片隅に撮影ボックスを作って、お店の商品を持っていって撮影してアップして、というのを毎日やっていました。当時の上司が新しいことが好きで、いろんなことにチャレンジする人だったのも恵まれていたと思います。ある程度は任せてくれて、好きにやらせてもらいました」
ちょうどEC化の大きな波が来ていた時期と重なっていたこともあり、EC事業は急激に成長していった。
「ひとり1億円売ったら人を追加していいと言われていて、売上1億になったらふたりに、2億になったら3人にという具合に人を増やして、少しずつ大きくなっていきました。当時のECは、どれだけ商品を揃えるかが成功要因の1つだったと思います。毎日撮影して商品を増やしていくほど、売上も上がっていきました」
それでもEC関連の業務は全体の1-2割程度。主な仕事は貴金属の買取と販売で、一時は宝石バイヤーのリーダーも勤めていた。2010年に専任部署ができるまでは、ECは片手間で行う仕事だったと言う。
メールマガジンに登録無料すると、続きをお読みいただけます
-
- Page 1
-
- Page 2
-
- Page 3
-
- Page 4
この記事は参考になりましたか?
- [季刊ECzine]ECスタープレーヤーインタビュー連載記事一覧
-
- ECより上のレイヤーから見ると多くの課題が解決する 逸見光次郎さんインタビュー
- “突破できる人”が増えたら EC業界はもっとおもしろくなる
- 「オムニチャネルをやる」のではなくお客様のお困りごとを解決するのが仕事
- この記事の著者
-
松岡 亜希(マツオカ アキ)
フリーランスのライター&エディター。出版社勤務を経て独立。雑誌、書籍、Webサイト、企業広報などさまざまな分野で活動中。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア
