セールスストラテジーとの出会いは「消去法」
川上エリカ(以下、エリカ):セールスストラテジーという仕事に出会ったきっかけを教えてください。
川上和代(以下、和代):英国の大学でコンピューターサイエンスを学び、日系のCRMパッケージ企業でSEを経験した後、セールスフォース・ジャパン(当時はセールスフォース・ドットコム)にローカライズエンジニアとして入社しました。
和代:ある日、本社から来日したCOOに「君の部門は本社に移管する。営業かSEかフィールドオペレーション(セールスストラテジーの前身)のいずれかを選んでくれ」と言われまして。消去法で「フィールドオペレーション」と答えたのが始まりです。当時のセールスフォース・ジャパンは従業員数が約30名、営業担当者は20名にも満たない組織でした。
エリカ:始まりは消去法だったんですね。セールスストラテジーは、今や経営層への登竜門とも言われる仕事ですが、当時から仕事内容をご存知だったんですか?
和代:まったく知りませんでした(笑)。周りからも「英語が少し話せるCOOのアシスタント」くらいに思われていたと思います。
「Samurai 70」と郵便番号で塗り分けた日本市場
エリカ:セールスストラテジーとして最初のプロジェクトが、テリトリー(※1)整備だったとうかがいました。
※1 特定の期間において、個々の営業担当者または営業チームが売上責任を負う顧客グループ、または地域
和代:はい。当時のセールスフォース・ジャパンでは、リードをラウンドロビン(※2)で配り「シニアは大企業担当」「若手は中堅中小企業担当」くらいの緩い区分けしかしていませんでした。私の上司にあたるCOOは、米国でトップ営業に輝いた“狩り”のプロフェッショナル。最初に言われたのが「鳥を打ち落とすのに、闇雲に石を投げても当たらない。一羽を定めて狙えば必ず当たる」という言葉でした。
※2 新規のリードや商談を営業担当者に順番かつ均等に割り当てること
エリカ:定めて狙う一羽、つまりテリトリーをどのように設計したんですか?
和代:市場を2つに分けました。大企業は「Fortune Global 500(※3)」にランクインしていた日本企業を「Strategic70(通称 Samurai70)」と呼んで集中投資の対象に。中堅中小企業は郵便番号別のブロックに割り振り、各ブロックのリード件数、コンバージョン数、パイプライン金額、年間契約額、アクティブ企業数を過去12ヵ月分遡って「ホット」「ミドル」「ロー」の3階層に分類。各営業が一定数のホットブロックを持てるよう設計しました。これがセールスストラテジーとして任された最初のプロジェクトです。
※3 世界中の全産業の企業を対象とした、総収益に基づく企業ランキング。米国の経済誌『Fortune』が毎年発表している
エリカ:営業担当者の自由度が減ることに対して、社内の反発はなかったのでしょうか。
和代:もちろん抵抗はありました。ただ、各営業が一国一城の主としてテリトリーを回るうち、狙ったところで結果が出ることが証明されていくんです。実際、私が在籍した17年間でセールスフォース・ジャパンがネガティブグロースに沈むことは一度もありませんでした。
エリカ:「テリトリー設計=担当分け」のように聞こえますが、本質は「どの市場で、どう勝つか」を形にする営業戦略そのものなんですね。
