本記事は『法人営業 勝ちパターン大全 顧客の意思決定プロセスを完全解明して「再現性」を築く』の「第3章 「キーパーソンに会えない」迷路」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
営業の「迷路」にはまらず勝ちパターンを作る
法人営業でよくある4つの迷路のうち、本記事では「キーパーソンに会えない迷路」でどのような打ち手を用意すればいいかを考えていきます。松明を手に迷路を脱出し受注に結びつける、いわば「守りの勝ちパターン」ということになります。
これら4つの迷路は、表面的には「提案活動の停滞」という一つの悩みに見えます。しかし構造的に分解してみると、迷路ごとに原因も対策も異なります。闇雲に「もう一度お電話してみよう」「もう少し粘ってみよう」と動き回るのではなく、「自分がいまどの迷路にいて、何が原因で詰まっているのか」を正しく把握することが、脱出への第一歩になります。
重要人物を交えた日程調整が進まないとき、どうする?
私がまだ20代、ある大手製造業のお客様に業務改善のコンサルティングを提案していたときのことです。
窓口のAさん(人事部の課長)は、2回目の商談の最後に「上司の部長を交えた打ち合わせを設定しましょう」と言ってくださいました。キーパーソンにつないでいただける約束が取れたので、私は安堵し、日程の候補を送りました。
毎週、窓口のAさんとは打ち合わせを続けていたのですが、1週間経っても、2週間経っても、日程が決まりません。日程の候補を改めて送り直してAさんに確認すると「すみません、いま社内の調整中でして……」とのこと。3週間が過ぎた頃には、このまま部長に会わせてもらえないのではないかという不安が頭をよぎり始めていました。
「催促する」か「待つ」か。当時の私にはその二択しか思い浮かびませんでした。しかし、催促すればAさんの負担が増える。待てば案件が消える。どちらも正解ではないことだけは、わかっていました。
転機は、その次の打ち合わせでの何気ない一言でした。
「ちなみに、今回のご検討は人事部さんの中で完結するお話ですか?」
Aさんの返答は意外なものでした。「実は、経営企画のB部長がこの領域に強い持論を持っていまして。うちの部長も、B部長の了承なしには進めにくいんです」
その瞬間、3週間動かなかった理由がわかりました。Aさんがつなごうとしていたのは自分の上司(人事部長)でしたが、真のキーパーソンは別の部門にいたのです。しかもAさんにとって、別部門のB部長に話を持っていくのは心理的ハードルが高い。だから「社内調整中」のまま止まっていたわけです。
私は方針を切り替えました。Aさんに「B部長がいま特に関心をお持ちのテーマは何ですか?」と聞くと、「業務の属人化解消に課題意識があるらしい」とのこと。その後、属人化解消をテーマにした短い事例レポートを作り、翌日Aさんに送りました。「もしB部長のお近くの方にお渡しいただけたら、きっとご関心に沿うと思います」と添えて。
Aさんは、B部長の配下のメンバーにレポートを転送してくれました。そのメンバーがB部長に「こういう事例があるらしいですよ」と報告したところ、「じゃあ一度会おう」という返答があったのです。
3週間動かなかった案件が、3日で動きました。
あのとき私が「催促する」「待つ」のどちらかを選んでいたら、おそらくこの案件は消えていたでしょう。案件が止まっていた真の原因を特定できたこと。それが突破口になりました。
本書では、この「キーパーソンにつないでもらえない」という状況を9つの落とし穴として構造的に分解し、「いま何が原因で詰まっているのか」を見極めるための全体マップを見ていきましょう。
「キーパーソンに会えない」迷路の全体マップ
「キーパーソンに会えない」と感じたとき、多くの営業の方は同じアプローチを繰り返しがちです。
「もう一度お電話してみよう」
「もう少し丁寧にフォローしよう」
──しかし、同じ打ち手を繰り返すだけでは状況は変わりません。
なぜ変わらないのか。それは、「いま自分がどこで詰まっているのか」が見えていないからです。
迷路の中にいると出口が見えず混乱しがちですが、全体を俯瞰できれば、「ああ、ここが行き止まりだったのか」「この抜け道を通れば先に進める」と見通しが立ちます。
本書でご紹介する「落とし穴のマップ」は、まさにその全体を俯瞰するための案内図です。
落とし穴にはまってしまうとなかなか抜けられません。一方で、落とし穴に落ちることなく進むことができれば、出口にたどり着けます。
「キーパーソンに会えず提案活動が停滞しそう」になっても、いまどの状況なのかがわかれば、対策が立てられます。逆にいえば、状態がわからないまま動くと、的外れな打ち手を繰り返してしまうのです。
冒頭のエピソードでいえば、「Aさんが別部門のキーパーソンに話を持っていくことに心理的負担を感じている」という状態がわかったからこそ、「Aさんの負担を減らす形でB部長の周辺に情報を届ける」という的確な一手が打てました。
状況を特定する力が、法人営業における迷路を攻略するための武器になります。
このマップは、1つの問いから始まります。
「目の前の方は、キーパーソンがどの人物かを知っているか?」
ここから大きく3つの方向に分岐し、さらに枝分かれして、全部で9つの落とし穴が存在しますので、はまらないよう注意しましょう。
9つの落とし穴
落とし穴(1)キーパーソンを知らない
(1)キーパーソンを確認するやり方が見えていない
落とし穴(2)~(6)知っているのにつなごうとしない
(2)( 目の前の方が)提案の価値を理解できない
(3)つなぐ行動に時間が取れない
(4)自分を飛ばしたやり取りになるのを避けたい
(5)つなぐことでマイナス評価を受けたくない
(6)つなぐ先に複数の人物候補がいて迷っている
落とし穴(7)~(9)キーパーソン本人が拒否している
(7)( キーパーソンが)提案の価値を理解できない
(8)打ち合わせの調整や準備に時間をかけたくない
(9)他の課題に集中したい
9つの落とし穴を見る前に、改めて確認しておきたい点があります。
「キーパーソン=最終決裁者」とは限りません。社内推進者がキーパーソンになることもあれば、決裁者への影響者が事実上のキーパーソンということもあります。
さらに、購買プロセスの段階によってもキーパーソンは変わり得ます。課題認識の段階では現場の利用者がキーパーソンかもしれませんし、ベンダー比較の段階では予算の監督者がキーパーソンになるかもしれません。
こうした前提を持った上で、「いまこの落とし穴にはまっていないか」を確認していただきたいと思います。
購買プロセスの5段階×はまりやすい落とし穴
ここで、5段階の購買プロセスと、9つの落とし穴との関係を整理しておきます。※
※編集部注:本書ではマップ上の9つの落とし穴について個別に解説されていますが、本記事では購買プロセスとの関係性と脱出ポイントを中心に抜粋します。
実は、お客様の購買プロセスがどの段階にあるかによって、はまりやすい落とし穴のパターンが異なります。
課題認識~情報収集の段階では、お客様の社内でもまだ「誰がキーパーソンなのか」の認識が固まっていないことが多く、落とし穴「(1)キーパーソンを確認するやり方が見えていない」にはまりやすくなります。この段階では関係者の全体像がまだぼんやりしているため、影響力の連鎖を言語化する作業が特に重要です。また、購買の優先度が社内で高まっていない段階なので、「(3)つなぐ行動に時間が取れない」にもはまりやすくなります。担当者にとっては「まだ本格的に動くフェーズではない」という感覚があり、つなぐ行動が後回しになりがちです。
要件定義の段階になると、検討が具体化するにつれて、複数の部門が関与し始めます。ここでは「(6)つなぐ先に複数の人物候補がいて迷っている」や「(4)自分を飛ばしたやり取りになるのを避けたい」にはまりやすくなります。社内推進者がプロジェクトの主導権を意識し始めるのもこの段階です。本書の第2章で提示されている「要件定義までの上流3段階で66.8%の案件が実質的に決着している」という事実を踏まえると、要件定義までの段階でキーパーソンとの接点を作れるかどうかが、案件全体の成否を大きく左右します。
ベンダー比較~発注決定の段階では、予算の監督者や最終決裁者の関与度が上がるため、「(5)つなぐことでマイナス評価を受けたくない」や「(7)~(9)キーパーソン本人が拒否している」が発生しやすくなります。この段階のキーパーソンは「会わない理由」が明確になっていることが多いので、その理由を正しく特定して、的確な再チャレンジを設計することが求められます。また、この段階では他社との比較が行われているため、スピード感も重要です。再チャレンジの機会を逃すと、他社に先を越されてしまうリスクがあります。
このように、購買プロセスの段階を意識することで、「いまこの案件で起きやすい落とし穴はどれか」を予測し、先手を打つことが可能になります。
「キーパーソンに会えない迷路」を脱出する3つのポイント
9つの落とし穴の個別の対策で共通するエッセンスを3つのポイントとして整理します。
ポイント1:接点を「数珠つなぎ」にしていく
「キーパーソン=最終決裁者」と決めつけてしまうと、視野が狭くなります。関係者を思い出し、最終決裁者以外にも会うべき人物がいるという前提に立てるかどうかが、この迷路を突破できるかどうかの分かれ目です。
誰か一人をめがけて一直線に進むのではなく、関係者を数珠つなぎにつなげていきましょう。本章冒頭のエピソードでは、Aさん経由で直接つなごうとして動かなかった案件が、別のルートを開拓した途端に動き出しました。この「数珠つなぎ」の発想は、購買プロセスが進んで関与者が増えるほど、ますます重要になります。
ポイント2:応援団を作る
特に落とし穴「(4)自分を飛ばしたやり取りになるのを避けたい」「(5)つなぐことでマイナス評価を受けたくない」で共通する対策としては、「目の前の担当者を味方につける」という発想です。これを大きな視点で捉えると、キーパーソンに「会いにいく」のではなく、お客様の会社の中に「応援団を作る」という感覚に近くなります。
ただし、「仲よくなればいい」というわけではありません。それぞれの関係者には、それぞれの合理性があります。社内推進者にとっては「プロジェクトの成功」、予算の監督者にとっては「投資の妥当性を証明できる根拠」、現場の利用者にとっては「業務負担の軽減」。一人ひとりが何を求めているかを踏まえて、それぞれに響くメッセージを設計していくことが、応援団作りの本質です。
ここでもう一つ大事なのは、応援団のメンバー同士の関係性も見ておくことです。例えば、社内推進者と予算の監督者が日頃からよい関係にあるなら、社内推進者から予算の監督者に話を通してもらいやすくなります。逆に、両者の関係がギクシャクしているなら、別の経路を検討する必要があるかもしれません。お客様の社内の人間関係まで踏み込んで把握することが、応援団の設計精度を上げるポイントです。
ポイント3:心理的負担を減らす
「(2)(目の前の方が)提案の価値を理解できない」、「(7)(キーパーソンが)提案の価値を理解できない」以外の落とし穴に共通しているのは、「価値はわかっていても動けない」という状況です。
価値を示すこと(アクセル)だけでは足りません。見落とされがちなのは、「心理的負担を減らす」こと(ブレーキの解除)です。転送しやすいメモを素早く送ること、担当者を情報共有のループに必ず入れること、候補日程を多めに提示して「返事だけすれば進む」状態を作ること。これらはすべて、相手のブレーキを外す工夫です。
価値の訴求(アクセル)と心理的負担の軽減(ブレーキの解除)。この両輪が揃って初めて、お客様は動きやすくなります。
「自分はいまどこにいるのか」を確認する
冒頭で、「迷路は全体マップがあれば怖くない」とお伝えしました。案件が前に進まないとき、まずはマップを広げて、「自分はいまどこにいるのか」を特定することから始めてみていただきたいと思います。いまの状態がわかれば、対策が立てられます。状態がわからないまま動くから、的外れな打ち手を繰り返してしまうのです。
どんな迷路にも、必ず出口があります。「購買プロセスの把握」「関係者の把握」「落とし穴のマップ」という3要素が揃えば、松明で明るく照らされた状態です。一歩ずつ確認しながら進んでいきましょう。
なお、本書『法人営業 勝ちパターン大全 顧客の意思決定プロセスを完全解明して「再現性」を築く』では、今回割愛した9つの落とし穴の具体的な状況について個別に詳しく解説しています。気になる方はぜひ手に取ってみてください。


