Must Haveの種は「失注理由」と「解約理由」にある
田中(Charm):まず議論の前提を揃えましょう。SaaSには、なければ業務が回らない「Must Have」と、「あったらいいよね」の「Nice to Have」なものがあります。会場では、自社のソリューションを後者だと捉えている方が大多数でした。おふたりは、この線引きをどう考えていますか。
本松(ラクス):当社はバックオフィス系のSaaSを複数持ち、製品特性としてはMust Have寄りです。ただ、たとえばプロダクトの1つである「楽楽精算」は15年以上開発を続けています。機能を1つひとつ見るとMust Haveなものも、Nice to Haveなものも当然あります。つまり、製品全体でも機能単位でも、同じ議論ができると考えています。
田中:機能レベルでは、何をもってMust Haveと判断するのでしょうか。
本松:判断基準は2つあります。1つは、その機能がなかったから失注した、というケース。機能の有無が受注と失注の境目になるなら、それは高確率でMust Haveの種です。もう1つは解約理由。お客様は費用対効果などいろいろおっしゃいますが、根っこを掘ると機能への不満が原因というケースもかなりある。失注要因と解約要因になる機能こそ、最優先で作るべきMust Haveな機能です。
栗栖(SmartHR):当社が提供するSaaSは人事労務領域がメインで、業務の大半が最終的に給与計算につながります。そこに本当につながる機能なのかが1つの基準です。もう1つは、お客様の社内にその業務や課題がきちんと存在しているか。そこから入らないと必須要件とは言えません。顧客の社内に存在しない業務を生み出しに行こうとしたプロダクトでは、失敗した例もあるんです。
実績も資本もなかったら、何から始めるか
田中:依然としてSaaSを取り巻く環境は厳しいですが、成長企業の2社に所属するおふたりにあえて聞きます。何も持っていないとしたら何から始めますか。
本松:外から見ると当社は人もお金も潤沢に使えるイメージかもしれませんが、実は皆さんと一緒です。上場企業として株主からPLを評価される以上、無駄にお金を燃やすことは許されない。「AIが流行りだから100億円投資します」と言えば一瞬は評価されても、それなら「ARR30億円をすぐ作ってね」と期待値が上がる。
実際、100億円を突っ込んで30億円のビジネスが確実に作れるかというと、そんなことはありません。ですから今も、ビジネス3名・開発3名の6名程度で始め、うまく回り始めたら10名くらいに。広告宣伝費は製品作りの段階では積みません。
田中:その進め方は、AIの登場で変わりましたか。
本松:大きく、しかもポジティブに変わりました。新規事業とは、他社がまだ解決していないMust Haveを探す作業です。ところが、まだ売っていない商品のMust Haveを探すには、結局は作って売ってみるしかない。
「月額5万円払う価値を感じますか」と聞いて、契約いただけて初めて証明できる。このファーストプロダクトを作るのがAIによって速くなり、お客様に直接お届けするまでの期間が劇的に短くなりました。
栗栖:当社も如実に変わりました。以前は商談の録画を2倍速で何十件も見て仮説を立てていましたが、今は商談の文字起こしを一瞬で分析し、最初の仮説が15分ほどでできあがります。ヒアリングも、以前は10社、20社と重ねてから更新していたものが、1、2社ごとにリアルタイムで更新される。プロダクト開発の初期タイミングから、そのような情報が営業資料に反映され、Go To Market戦略まで立てられています。
本松:当社も製品作りとGTM戦略を同時進行で回すようになりました。戦略の変更をすぐプロダクトに反映できるので、2つが噛み合う勝ち筋が見つけやすくなった印象があります。
田中:一方で判断材料も膨大になりました。意思決定の難易度は上がっていませんか。
栗栖:「課題を見つける」作業コストが下がった分、意思決定に時間を使うようになりました。プロダクトを出すまでに3つのゲートを設けています。たとえば第1のゲートは「そもそもその機能で改善したい課題は本当に存在するのか」。関係者で議論し、3つを超えて初めてプロダクトが出る。リリース後も、まず少人数のチームで数値を超えてから拡販します。
