AIを前提とした経営へ移行する転換点を示した「NRF APAC 2026」
2026年6月2~4日の3日間、シンガポール・マリーナベイサンズで「NRF APAC 2026(Retail’s Big Show APAC)」が開催された。単なる最新技術の展示会ではなく、リテールがAIを前提とした経営へ移行する転換点を示すイベントになったと感じた。
NRFとはNational Retail Federation(全米小売業協会)のことで、NRFがニューヨークで開催するRetail's Big Showは今年1月で116回目となる。そのAPAC版がアジアで開催されるようになって3回目となる今年のテーマは、ニューヨーク同様「The Next Now」である。
「未来はこれから訪れるものではなく、既に始まっている」というメッセージのもと、AI、オムニチャネル、リテールメディア、サプライチェーン、ロイヤルティなど、多岐にわたるテーマが議論された。しかし、これらは個別の技術として紹介されたのではなく、「AIをどのように経営へ実装し、企業価値を高めるか」という視点で一貫して語られていた。
昨年までは、生成AIやChatGPTが話題の中心であり、「AIで何ができるか」を競う展示や、AIを取り込んだ施策を実施し始めた企業の事例が多く語られていた。一方、今回は実験やPoCではなく「AIをどう経営成果へ結び付けるか」が最大のテーマであった。
それだけ多くのAPAC企業がAIを取り込んでから時間が経過し、その成果を議論する段階へ進んでいると言える。既にAIは新しい技術ではなく、店舗運営、商品企画、サプライチェーン、マーケティング、顧客体験を支えるインフラとして考えるべき経営戦略マターへと進化したのである。
今回のレポートでは、NRF APAC 2026を通じて見えてきた潮流を、「Agentic AI」「Unified Commerce」「Retail Media」という3つのキーワードで整理し、日本企業への示唆を考察する。
キーワード1:Agentic AI AIは「相談相手」から「実行者」へ
今回のNRF APACで最も大きな変化として感じたのが、「Agentic AI(自律型AI)」への移行である。生成AIは、人が質問し、それに対して回答や文章を生成する「相談相手」として活用されてきた。しかし、Agentic AIは、その先の段階を目指している。人の指示を待つのではなく、目的を理解し、自ら判断しながら複数の業務を実行するAIである。
展示会やセッションでは、AIが需要予測を行い、自動的に発注数量を算出し、価格変更や販促企画を提案し、さらには商品登録や問い合わせ対応まで実行する事例が数多く紹介されていた。AIエージェントが店舗・本部・物流を横断して業務を支援する世界観が提示されており、「AIを使う」から「AIとともに働く」時代への転換を強く印象付けた。
現実世界のデータをAIエージェントが自律的に処理し、店舗開発や運営の意思決定を実行するソリューションの展示(PROPHEUS社)。「AIとともに働く時代」のアーキテクチャが提示されていた
重要なのは、AIが人に代わることではない。AIは膨大なデータを分析し、実行まで担う一方で、人はブランドの世界観や顧客との関係作り、最終的な意思決定を担う。AIと人間の役割分担が、これからの企業競争力を左右するということだ。
日本企業でも生成AIの導入は進み始めているが、業務効率化に留まるケースが多い。セキュリティなどの理由も含めて限定的な利用となっている。しかしながら今後は「AIが自律的に業務を遂行することを前提に、業務プロセスそのものを設計し直す」という発想が求められるだろう。
