情報環境やテクノロジーが発達し、営業組織の標準化が目指される時代。営業職の価値はどうなっていくのだろうか。営業出身社長へのインタビュー連載、第4回に登場いただくのは大学卒業後間もなく株式会社リプライオリティを創業し、フリーペーパーやコールセンターを活用して通販企業のマーケティングをサポートする中山伸之さんだ。学生時代、営業という仕事に魅了された中山さんは、この時代における営業職の価値や醍醐味をどう捉えているのか。
学生アルバイトで知った営業の楽しさ
――まずは、中山さんが営業というお仕事に出会われたきっかけを教えてください。
営業という仕事を最初に経験したのは1年間の留年を経た大学5年生のときでした。就職活動が終わったころ、大学の同期から「営業のアルバイトをやってみないか」と誘われたのがきっかけです。お金が欲しかったのと、社会に出るための訓練になると思って始めました。そこはいわゆるゴリゴリの営業会社だったのですが、いきなり「マラソン大会のスポンサーを探して来い」と言われ、支給された電話帳と会社四季報を片手に電話をかけ続けたもののまったく売れず、次に「フリーペーパーの広告主を探せ」と言われてテレアポを続けたところ、1ヵ月ほど経って売れるようになってきました。
学生という身分でありながら社会人のふりをして営業できることが楽しくて、1日何百件と電話をかけ続けても苦ではありませんでした。それまでのアルバイトは自分の作業に対する対価として時給をもらっていましたが、広告の仕事では僕が広告主から受注し、デザイナーが紙面をデザインして、カメラマンが撮影して、下版したものが印刷所に回り何万部と刷られて人の手に渡ったときに、自分が社会に参画しているという手応えを感じられたのです。もともと、卒業後は内定をもらっていた旅行会社に入社する予定でしたが、広告営業の魅力にどっぷりはまってしまい、そのままアルバイト先の営業会社に入社しました。
――その後、ご自身で起業されたのですね。
会社の中で、内紛のような事態が起こったことをきっかけに10ヵ月でその営業会社を辞め、個人創業しました。当時は、株式会社化するためには資本金が1,000万円必要だったので、とにかくお金を貯めることしか考えていませんでしたね。一生懸命営業を続けること半年、2,000万円以上の資金を貯めることができました。アルバイトで培った営業力があったので、お金の面ではほとんど不自由しませんでした。強いて言うなら元来の気の強さも相まって、一緒に仕事をする外部ブレーンにいまなら絶対言わないような無茶を言うなど、無用の衝突を生んでしまうことはありました。
メールマガジンに登録無料すると、続きをお読みいただけます
-
- Page 1
-
- Page 2
-
- Page 3
この記事は参考になりましたか?
- この記事の著者
-
SalesZine編集部 渡辺佳奈(セールスジン編集部 ワタナベカナ)
1991年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部を2013年に卒業後、翔泳社に新卒として入社。約5年間、Webメディアの広告営業に従事したのち退職。故郷である神戸に戻り、コーヒーショップで働く傍らライターとして活動。2021年に翔泳社へ再入社し、SalesZine編集部に所属。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア
