なぜ、これが「ブランドの問題」になるのか
少し前まで、オントロジーは社内の話でした。自社のAIツールが社内データを参照する、その範囲で閉じていた。
それが、外に出ようとしています。エージェンティックコマース——AIエージェントが消費者に代わって商品を探し、比較し、ときに購入まで担う動き——が、現実になりつつあるからです。2026年3月、ShopifyはAgentic Storefrontsという仕組みを、対象ストアへ既定で展開し始めました。これにより、Shopify上の商品データは、ChatGPTやMicrosoft Copilot、GoogleのAI機能といったチャネルから参照されます[6]。
AI経由のアクセスや注文は前年から大きく伸びている、とShopifyは公表しています。Shopifyのブログ(2026年4月2日)が紹介するMcKinseyの試算[7]では、エージェンティックコマースの市場機会を、2030年までに3〜5兆ドル規模と見積もりました。数字の大きさに現実味が追いついていない感覚は、正直、私にもあります。
それでも、起きていることは単純です。これまで社内向けだったはずの「意味の構造」を、社外のAIが読み、それを根拠に、顧客へ自社ブランドを説明し始めている。商品データの整い方が、そのままブランドの伝わり方になります。属性が雑なら、AIは自信を持って薦められない。薦められなければ、AIという新しい売り場の棚に、そもそも並ばないのです。
ですから、これは情報システム部門だけの課題ではありません。AIに自社をどう理解させ、どう語らせるか。それはROIの計算であり、顧客との信頼の問題であり、突き詰めればブランドそのものの問題です。エージェンティックコマースの具体的な動きは、この連載の後半で、じっくり扱っていきます。今はまず、その土台が「文脈」と「意味の構造」にあるのだと、押さえておきたいのです。
完璧な辞書より、使える一冊から
では、何から始めるか。
ここで完璧主義は、禁物です。全商品を網羅した壮大なオントロジーをいきなり目指すと、たいてい途中で力尽きます。発想を変えて、まずは「使える一冊」を作る。海外では、最小限のオントロジーから着手するという考え方も出てきています。売上の中心になっている商品群を選び、その属性表記を揃え、カテゴリーを整理し、よくある質問への答えを商品データに紐づける。範囲を絞って、とにかく一周させてみる。手応えは、そこから返ってきます。
思い出すのは、Googleが2026年5月15日に、生成AI検索向けの最適化について示した見解です。巷ではAEOだのGEOだのと、新しい必殺技がしきりに語られている。けれども、Googleの答えは、そっけないものでした。私なりの解釈になりますが、特別な裏技は要らない、要は検索の基本を丁寧にやれ、と。コンテキストとオントロジーの話も、構図はよく似ています。魔法のプロンプトを探し続けるより、自社の意味の構造を地道に整えるほうが、結局は近道になる。
正直に言って、派手な成果がすぐに出るわけではありません。それでも、ここを整えた会社から順に、AIは「その会社らしい答え」を返し始めます。次回は、自社のオントロジーが今どの段階にあるのかを点検する話に進みます。土台の輪郭が見えたところで、自分の現在地を測ってみる回にしましょう。
[6] Shopify『Millions of merchants can sell in AI chats』(2026年3月)
[7] Shopify『Agentic Commerce: Benefits & How To Get Started (2026)』(McKinsey推計を引用)
