オウンドエージェントで「心躍る体験」を。「秘伝のタレ」で差別化
汎用エージェントへの対応がAIに見つけてもらうための取り組みだとすれば、オウンドエージェント構築は自社ならではの顧客体験を提供するための取り組みである。
「プラットフォーマーの汎用エージェントはますます進化していきます。かつてAmazonが台頭した際に『ブランドのECサイトではなくAmazonで買えばいい』と言われたように、『汎用エージェントで買えばいい』と言われてしまうタイミングはすぐそこに迫っているでしょう」(中尾氏)
D2Cブランドなど、自社チャネルで顧客との関係性を築いていきたいと考える企業にとっては、大きなターニングポイントとなるだろう。そこでカギとなるのは自社の独自の接客ノウハウやブランドフィロソフィー、いわゆる「秘伝のタレ」となる要素を組み込んだ、代替不可能なオウンドエージェントの構築だ。
アクセンチュアが携わった先行事例の1つが、ロレアルグループが設立・支援するAI搭載マルチブランドマーケットプレイス「Noli(No one like I)」。AIエージェントが顧客一人ひとりのビューティーアドバイザーとなり、肌診断から商品推薦、リピート後押しまでを一貫サポートする。
ビューティー・ヘルスケア領域は自分に合うものを判断しにくい傾向にあるため、信頼できる相手への相談は購買行動に大きな影響を与える。また、D2Cブランドではリピート率は重要なKPIだ。そこをサポートするのが「CRM要素を持つオウンドエージェント」。開発には手間がかかる一方で、エージェンティックコマース時代の差別化やエンゲージメント向上には大きな効果をもたらすものとなっている。
旅行・ホテル領域やチャット型UIに捉われない事例も登場しており、従来のカタログ型ECとは異なる購買体験が広がっていく可能性がある。
オウンドエージェントは接客をAIに代替し購買を機械化する仕組みではなく、生活者が求める「心躍る体験」をデジタル上で拡張する手段である。従来のカタログ型ECは併用しつつ、別軸で追求すべき領域だろう。
誰がどう動けば推進できるのか?必要なのは全社変革と「捨てる勇気」
エージェンティックコマースへの対応はEC部門だけでは完結しない。データを正しくエンリッチするにはPIM(商品マスター管理)の整備が大前提で、AI基盤・システム基盤の整備も必要になる。
「EC部門が音頭を取ろうとしても、実はできることは非常に限られているんです。最終的には在庫管理部門、コールセンター、店舗、システム部門などを巻き込んだトランスフォーメーションが求められるでしょう」(中尾氏)
また、データレイヤーの構築にはビジネスサイドとの合意が必須。「ただデータを作るだけ」では成果は生まれず、ビジネス側とシステム側がゴールを照らし合わせながら調整する必要がある。そのためにも、ゼロから取り組む企業がまず始めるべきは「上層部・経営層の説得」だ。
加えて、既存サイトを前提にした従来型の進め方を強化するだけでは、AI時代に適応できない。顧客接点、提供サービス、業務のあり方を今一度異なる観点で見直し、何を目指すのか再定義する必要があるだろう。
一方で、すべてを綿密に計画してから動くことも現実的ではない。中尾氏は「計画を描いたところでその通りにはならない、カオスな時代になりました。コーディングスピードもAIによって圧倒的に早くなっていますので、『3日で作ったものを躊躇なく捨てる』くらいの柔軟なマインドが求められますね」と笑う。
だからこそ必要なのは、「小さく試すこと」。最初から大きなプロジェクトを立ち上げるのではなく、実績を重ねていくなかで段階的に高度化したり、トランスフォーメーションに展開したりといったアプローチが重要だ。
人とAIエージェント、双方のニーズを満たすことが重要
エージェンティックコマースが普及した先にある未来は、すべての購買が機械的に処理される「全自動の世界」なのだろうか。中尾氏は、その予測を明確に否定する。
「汎用エージェントが広がった未来でも、無味乾燥でシステマチックな全自動購買の世界はなかなか訪れないと考えます。人とAIエージェントが『一緒に考えて』購入する世界観になるのではないでしょうか」(中尾氏)
そんな未来において重要になるのは「人とAIエージェント双方のニーズを満たすこと」。効率化される領域と、人が関わり続ける領域、どちらも的確に押さえられた企業やブランドこそが、大きな利益を掴む勝者になる。
周辺プレーヤーの動きは刻々と変化している。外部パートナーのブレインを巻き込みながらスモールステップを重ねることが、成功の近道になるだろう。
