顧客が享受する価値を重視するのがCX
なぜCXが注目されるのか。プレイドの川久保氏の結論は「顧客との価値を共創することが必要になってきたから」だという。そして、顧客との価値共創が重要な理由について、川久保氏は次のように語る。
「顧客と共創した価値は、他社にはコピーできないため、自社だけの強みとなり、競争の源泉となります」(川久保氏)
川久保氏は上記を前提に、以下の3つのステップでCXについて解説した。
・CXとは何か
・なぜ注目されるのか
・CXのあり方
まず、CXとは何かについて川久保氏は「顧客が享受・体験する価値を重視する考え方」とした。商品やサービスが持つ機能性などの物理的価値だけでなく、満足感などの感情・経験の価値を含めて設計することがCXを考える上では重要になる。
たとえば液晶テレビの場合、画面サイズや画素数などの機能的価値に加え、番組表やアプリの使いやすさ、そのメーカーに対するイメージ、店頭での接客など、様々な要素で顧客が購買するかを判断しているという。
CX実践に欠かせないサービスドミナントロジックとは
CXを実践する上で重要な理論として、川久保氏が紹介したのが「サービスドミナントロジック」だ。
サービスドミナントロジックでは、価値共創の視点から再考しマーケティング戦略を組み立てる。これまでは、「モノ(有形の商品)」と「サービス(無形の商品)」を別々に区分する「グッズドミナントロジック」の考え方が取り入れられてきた。そのため、モノとサービスの価値は企業が決め、その価値に対する対価を払って商品を入手すると考えていた。
川久保氏はカメラを例に、サービスドミナントロジックとグッズドミナントロジックの違いを説明した。
「カメラの購入時に対価を払った段階で価値が生まれるのが、グッズドミナントロジックです。一方サービスドミナントロジックは、カメラのアプリを使って写真を交換したり、ユーザー同士で交流したりする時点で価値が生まれます」(川久保氏)
つまり、サービスドミナントロジックでは顧客が主体的存在であり、企業が一方的に価値を決めるのではなく、顧客と価値を共創するというのだ。
川久保氏はサービスドミナントロジックが反映されたサービスとして、キリンビールが展開する「KIRIN Home Tap」を挙げた。同サービスは月額料金を払うことで、自宅にビールサーバーを置いて好きなときにビールを飲むことができる。同サービスでは、ビールそのものに加えて、自宅でホームパーティを開く、一人で贅沢な晩酌をするなど「その製品があることで生活がより豊かになる」という価値が生まれる。
阪急阪神百貨店、GDOのマーケターが語る、CXが注目される訳
CXの定義がわかったところで、次に川久保氏は「なぜCXが注目されているのか?」について、川久保氏は「企業」「顧客」「時代」の3つの側面から説明した。
1つ目の「企業」の側面として川久保氏は、マーケティング手法が急速に普及しコモディティ化が進み、差別化が袋小路に入ったと指摘する。そして、プレイドが運営するCXに特化したビジネスメディア「XD」、CXのカンファレンス「CX DIVE」などで得た専門家の声を次々と紹介した。
「消費者が何を基準に選べばいいかわかりにくい時代になってしまった」(THE 代表取締役社長 米津雄介氏)
「(飲食店は)真新しさばかりの『差別化』に走った。差別化は、細分化へ。次第に、外食産業は袋小路へと陥った」(トレタ 代表取締役 中村仁氏)
「商品のレコメンドのような手法で最適化されていくと、結局は売れ筋ばかり表示されてしまう」(ゴルフダイジェスト・オンライン 執行役員 CMO&CIO 志賀智之氏)
これらのコメントを踏まえても、企業間で差別化していくことがいかに難易度が高いかわかる。
2つ目の「顧客」の側面はどうだろうか。これに対し、「モノ、サービス、情報は飽和化し、情報が多くあることで自己学習する顧客が生まれてくる」と川久保氏。そういったことから「変化のスピードが速くなっている」と続けた。
ここでも専門家の声として、次のようなものを紹介した。
「“なんでもモノが揃うという環境”は、百貨店でなくてもつくれるようになります」(阪急阪神百貨店 フード新規事業開発部 馬場淳士氏)
・「お客さんが求めるのが、完全にモノじゃなくなってきている」(せーの 代表取締役社長 石川涼氏)
リアルタイムデータを活用して体験を改善する時代に
最後に「時代」の側面として、川久保氏は以下の3つのポイントを挙げた。
・あらゆる行動がデジタルでつながる
・リアルタイムデータで体験へ還元される
・オンラインの考え方がオフラインにも侵食される
ここでは、「あらゆるデータがオンライン化するため、オフラインが存在しなくなる」「顧客接点のデータを使ってどのように良い体験を創るかが大事になる」と説いた『アフターデジタル』(日経BP、藤井保文、尾原和啓)などを紹介した。
実際、オフライン関連のデータは増えており、川久保氏も「消費者のデジタル世界と現実が重なるにつれて色々なものがデータ化されていく。そのデータを活用して体験を作り出すことができる」と補足した。
企業、顧客、時代の3つの側面から分析した結果として、川久保氏は次のようにまとめた。
企業の側面
顧客不在の差別化競争をくり返しており、誰にとっての差別化なのか、誰にとっての価値なのか、といったことが見えないまま企業の競争が行われていることが多くなった。
顧客の側面
機能性、合理性の部分では十分に満たされている。それ以上の欲求を満たすモノを求めている。
時代の側面
リアルタイムデータと体験が大事な時代が訪れている。
CX設計に欠かせない4つの視点
それでは、CXはどのように設計していけば良いのだろうか。
まず川久保氏は、「顧客の体験について話をするとき、どうしても企業から体験を設計できる、全てを管理できると考えてしまうが、その考え方は間違っていると思う」と警告した。あくまで主体は顧客で、顧客自らがストーリーを創り、語るに足るものを用意するという姿勢が大切だという。
具体的なポイントとして、「体験の余白」「店舗のメディア化」「フィードバック」「組織」の4つから話した。
1.体験の余白
価値共創のためには「ともに作り上げていく体験の余地や余白を作ることが大切」だと、川久保氏は語る。そして、体験の余白を体現できている事例として銀座ソニーパークを挙げた。ソニー企業の代表取締役社長である永野大輔氏は「現代の消費者はとても賢いので、(企業からの押し付けではなく)余白を作り、来園者の解釈に任せることが必要」と語っているという。
2.店舗のメディア化
こちらは、店舗を持つ企業に対するアドバイス。川久保氏は『小売再生―リアル店舗はメディアになる』(プレジデント社、Doug Stephens)の中から、「店舗体験は舞台演出のようなもの」という表現を引用し、「商品が置いてあるというより、そこにきたお客様にどう楽しんでいただくかの脚本をもって店舗を作るべき」とした。
3.フィードバック
ここで重要なのは、フィードバックもとに顧客を理解し、体験の改善に活かすことだ。「企業が一方的に自分たちの価値観を押し付けない」ためにも、レビューや顧客とのやりとりの活用は非常に重要になる。すでにこちらに関しても、各企業が試行錯誤し始めているという。
4.組織
組織に関して川久保氏は「顧客と接する一部の部署がCX戦略を進めるのではなく、組織全体でCXの重要性を理解して取り組むことが大切だ」とした。川久保氏はMarkeZineが取材したレノボ・ジャパンの記事を例に出した。同社は全社でCXの考え方を導入し、全社員の評価にCXを組み込んでいるという。その理由として、「顧客満足度が高い企業ほど株価も高く、利益も増大している潮流があるから」と同社の代表取締役社長が述べている。
川久保氏は「CX向上のために投資を行うとあらゆる指標が向上することが数字から実証されている。CXは組織全体で取り組む課題」と語った。
セッションの最後に川久保氏は、自社のCXプラットフォーム「KARTE」にも触れ、製品の強みを「一人一人の顧客を徹底的に知る機能がある」と紹介した。これらの機能により、「顧客の目線から顧客中心の体験を創ることができる」という。このような機能が評価され、外部評価のITreview Grid Award 2020 Springでは4部門でLeaderを受賞したと胸を張った。
CXという言葉は、マーケティング領域では一種のバズワードとなりつつある。CXを構築するためのプラットフォームの選定を含めて、自社におけるCXのあり方を川久保氏の講演内容を通じて再考してみてはいかがだろうか。