N1のインサイトを発掘し、技術で形にする新組織
米田:早速ですが、「新顧客創造研究所」について、その役割を教えてください。

佐藤:2024年に設立された、既存の市場や商品カテゴリーにとらわれず、新しい商品・製造プロセスの探索を行う組織です。商品開発には「既存品の進化」と「新たな価値の創造」がありますが、今は後者に特化しています。

1992年入社。ビール工場での製造や新工場立ち上げ、本社生産部での全工場の統括業務など、長年にわたり生産分野を担当。2019年より研究所に着任し、酒類開発研究所の所長として既存商品のリニューアルや新商品の開発を手がける。現在は、新たに設立された「新顧客創造研究所」の所長として、新市場・新顧客の創出に向けた商品開発に取り組んでいる。
米田:「新顧客」には、どういう意味が込められているのでしょう?
佐藤:「新しいお客様」「新たな市場」を創るという意味です。単に商品の製造だけでなく、サービスも通じて、お客様にとって意味のある価値を届けていこうという考え方です。
米田:近年、N1やインサイトという視点も重視されていますね。
佐藤:私は元々製造畑の人間なのですが、その頃から、「この商品って、誰にどんなシーンで飲んでもらいたいのだろう?」とか、「自分がお客さんだったらいくらで買うかな?」とか、あるいは「デザインはこうした方が良いんじゃないか」とか、製造とは直接関係ないことを妄想するのが好きでした。今思えば、それがN1の視点だったのかもしれません。
ややもすると開発の現場では、商品を出すことが目的化しがちです。そうなると、承認を得るための資料に見栄えの良い言葉ばかりを並べてしまい、肝心のお客様が抜け落ちてしまうことがあります。それでは、たとえ商品化されても、結果としてはうまくいかないことのほうが多いです。だからこそ、実在するN1の声を丁寧に拾い、そのインサイトを技術で形にする。遠回りでも、そのほうが競争力ある価値につながると思います。
改めて考えたい、ペルソナとN1の違いとは?
米田:寺門さんには、アサヒグループ内でN1を極めるための研修に色々ご協力いただいていますが、ここでは、是非、「ペルソナとN1の違い」について熱く語っていただければと思います。

2001年入社。文系出身で業務用営業を経て、2004年にマーケティング部へ異動。ビールやRTDの商品開発を担当後、食品開発業務に従事。2022年より新顧客創造研究所に配属され、現在は所長付きとしてシーズ開発をマーケティング視点からサポート。新ブランド開発部を兼務しながら、ECサイト「空想開発局」の責任者も務めている。
寺門:ペルソナは、元々「仮面」という意味なのですが、自分たちが作った架空の人物像ということで使われています。たとえば、この商品を買ってほしいターゲットユーザーは「こんな人」というように自分たちで想定するのもN1ではなく「ペルソナ」で、あくまで自分たちが都合良く作った理想像です。又は、量的調査の分析結果から、この商品に購入意向を示してくれるのは、「平均34.3歳で週に1~2回350mlの缶ビールを飲んでいる男性」といったようにユーザー像を定義するのもN1ではなく「ペルソナ」です。
一方の「N1」は、実在する具体的な一人のことを指します。本当にこの商品を「いいね!」と言ってくれる人を見つけて、どんな人がこの商品のどこをどんな理由でどんな風にこの商品のことを気に入ってくれているのか、その人だけが語れる具体的なストーリーに耳を傾けます。
想像上の「ペルソナ」から推察する「この商品のどこがどんな人にどんな理由で気に入ってもらえるのか」は、決して本当の言葉ではなく、自分たちが勝手に投影した自分たちの理想の言葉でしかありません。逆に実在する「N1」から出てくる言葉は真実であり、そこには重みがあります。思いがけない言葉が新たなアイデアにつながったり、商品についての反応が改良のヒントになったりするなど、次への具体的なアクションを促してくれます。
米田:N1とペルソナはまったく別のものなのに、その違いが意識されず誤用されているケースが多いな、と思っています。色々な研修で、寺門さんもご自身の体験として、N1とペルソナの違いを意識される前後の具体的な失敗や成功の事例を紹介されていますが、ここでも例を教えていただけますか?
寺門:失敗例はたくさんあります。たとえば「冷蔵庫に物がいっぱい入っていて、スペースに余裕のない家庭」という像を勝手に作り上げ、いかにもそれらしく資料をまとめ提出したことがあります。しかしそれは、実在しない架空のユーザーだったので、「なぜその人は競合品ではなくこの商品を選んでくれるのか?」というような質問が挙がったときに自信を持って答えられず、アワアワと話を作ってみても作り話は所詮想像に過ぎず、本当の話ではないことがバレちゃうんですよね……。
リアルな生活体験からの本当の話って、何度も何度もインタビューをして、やっと出てくるようなもので、ペルソナからは出てきません。成功例として印象に残っているのは、『梅干しサワー』を研究した時です。居酒屋で梅干しサワーを飲む人は、梅干しを潰しながらサワーを飲むのはどうしてなのだろうと思い、しつこく様々な人に聞いてまわったんです。そうしたら最後の最後になって、ある人が「梅干しじゃなくて時間を潰してるんじゃない?」って言ってくれて。それを聞いて、「確かに、何となく手持ち無沙汰でつい潰してしまう。たとえレモンがあっても、きっと同じことをやっているのではないか。まさにこれこそがインサイトなんだ」と感動しました。
N1が一人でもいると、自信を持って提案できます。心強い味方がいる感覚です。