マーケティングは心理ロイヤルティの計測から始まる
サブスクリプションモデルが典型的なように、ビジネスのあり方は購買しそうなターゲットを見つけて一気に刈り取る形から、ブランドや商品に愛着を持ってもらい継続的に購買・利用してもらう形へと大きく転換しようとしている。
その際にマーケティングで重視されるのが顧客のロイヤルティだ。しかし、『お客様の心をつかむ心理ロイヤルティマーケティング』の著者である渡部弘毅さんは、企業に経済的な利益をもたらす、または直接的な利益につながる行動をしてくれる顧客だけがロイヤルティが高いと見なされがちだと指摘する。
渡部さんはそれらを経済ロイヤルティおよび行動ロイヤルティと名づけている。もし経済ロイヤルティを向上させたい場合、考えられる施策は収益に直結するセールやキャンペーンとなる。行動ロイヤルティの場合は来店を促進したり、Webサイトに誘導したり、SNSのフォローを促したりする施策となる。しかし、察しのように、これは顧客がどう感じているかを度外視した短期的な数字向上の施策でしかない。
そこで最も重視しなければならないのが、「好き」や「次も買いたい」という顧客の気持ちの度合いを表す心理ロイヤルティだ。まず心理ロイヤルティを高めてこそ、行動ロイヤルティに繋がり、経済ロイヤルティが向上していく。この考え方を、渡部さんはフィリップ・コトラーにならって農耕型マーケティングと呼ぶ。
心理ロイヤルティの度合いはアンケート調査によって明らかにする他ないが、この点を疑問に思う方もいるかもしれない。近年は特にデジタルデータの収集が容易になり、ユーザーの行動データを詳細に分析することが可能になった。そのため、ユーザーの行動を見て施策を立案することも当たり前になっている。本心や無意識(潜在ニーズ)を表現できない言葉より実際に明朗になっている行動を見よう、という考え方は非常に力強く響く。
だが、渡部さんは行動データだけを見ることに警鐘を鳴らす。たとえば、Webサイトを閲覧したユーザーがいたとして、あるページを何度も訪れたユーザーは強い興味があって閲覧したのか、それとも問題が解決しなくて何度も確認しなければならなかったのか、ログだけ見ても判別できない。そして、ページを見たあとにどう思ったのかもわからない。
ファンベースやコミュニティマーケティング、UGCの重要性が説かれる今、心理ロイヤルティがビジネスにおいて欠かせない要素であることは誰もが理解するところだが、「なぜそう行動したのか」「行動の結果、どう思ったのか」といったところまで把握できなければ、心理ロイヤルティの向上につながる施策は作りにくいのだ。
もちろん、今後は視線や瞳孔、表情、あるいは脳波のデータを収集し分析することで心理(感情)データを取得できるようになるかもしれない。けれど、現状はアンケートで直接尋ねるしかない。本書でもアンケートの質問をどう工夫すれば質の高いデータが得られるかが紹介されている。さらに、そうしたデータを行動データと紐づけることで、より確度の高い分析や施策が可能となる。
アンケートには工夫が必要
では、心理ロイヤルティを測定し、定量化するにはどうしたらいいのだろうか。最初に思い浮かぶ方法として、顧客満足度の調査が挙げられる。また、NPS(正味お客様推奨率)の計測も一般的になってきた。顧客満足度は様々な事柄について満足度を尋ねるもので、多くは「スタッフの接客について満足度を5段階で教えてください」といったような質問がなされる。NPSは最少2問、推奨度とその理由を尋ねるだけで計測できる。これらのデータを収集している企業も少なくないだろう。
ただ、本書の監修を務めた諏訪さんは、顧客満足度やNPSをしっかり調査している企業でも、適切な改善策を立案できていないケースもあると話す。たとえば、スタッフの接客についての満足度が4点でも、どういう点がよかったのか、または悪かったのかがわからなければ改善できない。しかも評価対象はいくつもある。言葉遣い、振る舞い、気の利き方、レジ対応の速さなどだ。これらを総合してしまった単一の満足度は、改善策の立案には有用ではない。NPSについても、上記2問の回答だけでは推奨度を高める施策を企画するのは簡単ではないだろう。
本書では心理ロイヤルティの計測で利用するアンケートにおいて、総合的な顧客満足度やNPSは点数で尋ねつつ、個別の施策や体験については点数評価よりも実際にどういう体験をしたかをチェックリストで回答してもらう方法が推奨されている(ロイヤルティを左右する「個別の施策や体験」は本書でロイヤルティドライバーと呼ばれている。店内での接客や品揃え、ECサイトでの商品選択プロセス、配送・受け取りなどが当てはまる)。
フリーコメントで回答してもらわない点が肝要だ。そのため、「よかった体験を教えてください」と質問するのではなく、ロイヤルティドライバーごとにポジティブな体験(例:スタッフの言葉遣いがよかったと思ったことがある)やネガティブな体験(例:スタッフの言葉遣いを不快に思ったことがある)をできる限り書き出し、ユーザーに当てはまるものをチェックしてもらう。これには現場スタッフの声を活かす必要がある。
そして回答数を集計して体験者数の割合を出すことで、個別の体験に対する評価がわかる。たとえば「スタッフの言葉遣いを不快に思ったことがある」に70%の人がチェックしていれば、かなり満足度が低かったということ。ただし、どう改善すればいいのかも一目瞭然だ。回答者にとっても、いちいち点数を考えて評価しなくていいので楽である。
なお、アンケートの選択肢で「~がよかった」という文章にすると過去すべての総合的な評価をさせてしまうので、「~と思ったことがある」といったように過去に一度でも体験したらチェックしてもらえる質問文にすることもちょっとした工夫となる。
ユーザーの継続意向を定量化する
心理ロイヤルティを計測するための具体的な指標として顧客満足度とNPSを挙げたが、渡部さんは本書でNRS(Net Repeater Score、正味お客様継続率)という新しい指標を提唱している。
NRSは「顧客に商品やサービスを一定期間後(将来)も利用・購入したいかという意向を尋ねること」で計測できる。NPSが他人への推奨意向の指標であるのに対して、NRSはユーザー自身の継続意向の指標となる。
渡部さんはNRSがNPSと置き換わるわけではなく、またNRSとNPSの結果で取りうる施策が大きく異なるわけでもないと話す。それでもこの指標を紹介したのは、NPSの計測において「自分は大ファンだけど他人には勧めたくない」というユーザーが一定数おり、この人たちが中立者や批判者のカテゴリーに入ってしまう(ロイヤルティが低いと見なされる)のはおかしいのではないかと感じたからだという。
継続意向は高くても推奨意向は高くないユーザーをどう捉えるべきかといえば、もちろん心理ロイヤルティが高いユーザーだと分類すべきだ。また、NRSを利用するとブランドからの離反リスク者がどれくらいいるのかがわかりやすいので、経営上の危機感にも直結しやすいだろう。
NRSについて知ると、これを調査するのはごく当然のように感じられるかもしれない。しかし、現実にはNPSが先に普及した。NPSは心理ロイヤルティが極めて高いユーザーを見つけるために役立ったから普及したのでは、と渡部さんは推測している。パレートの法則を持ち出すなら、2割のファンを見つけるにはNPSで充分だったということだ。
しかし、NPSを用いて収益をシミュレートすると正確性に欠ける場合がある。NPSと収益はおおよそ相関していると考えて大きな間違いはないが、NRSを利用するとより納得感のあるシミュレーションができるようになるそうだ。
渡部さんの経験則として、上図に従った継続意向度が5点のリピーターは未来を支える良い売上に、4点の中立者は現在を支えるものの不確実な売上に、3点以下の違反リスク者は将来のリスクとなる悪い売上に相関する。NRSでは離反リスク者の割合だけでなく離反リスク金額も明らかになるため、心理ロイヤルティを向上させる施策(いわばブランディング)に対する「収益とどうつながるのか」という疑問に答えやすくなる。
科学的な方法論で心理ロイヤルティを向上させるために
本書『お客様の心をつかむ心理ロイヤルティマーケティング』では、心理ロイヤルティについてより具体的な構造や調査・分析手法について解説されており、調査の結果をカスタマージャーニーマップと照らし合わせて施策を立案する手法についても説明されている。
渡部さんは自身が提唱するNRSはNPSよりもスコアが高くなる傾向があり、現場のモチベーションが上がりやすいとも話してくれた。まだまだ経済ロイヤルティや行動ロイヤルティが重視される背景には収益との連動性がわかりやすいという理由があると思われるが、だとすればNPSとNRSの両方を利用して心理ロイヤルティを計測し、NRSが予測する収益シミュレーションを活用しながら施策を立案するのがよさそうだ。
再現性のある科学的な方法論で心理ロイヤルティマーケティングを実践していきたいと考える方にとって、本書は役立つ1冊となるのではないだろうか。