インサイトに基づくオリエンシートを導入、CM好感度が上昇

米田:本日はアサヒビールのコミュニケーションデザイン部(以下、CD部)の皆様にお話をうかがいます。私がアサヒビールとお仕事をご一緒させていただいているこの5年間で一番変革が進んだ部署の1つがCD部だと思っています。まず、望月部長、CD部の取り組みについてお聞かせください。
望月:CD部はデジタルマーケティング部と宣伝部の統合により新設された部署です。ミッションは大きく2つありまして、1つ目は、マス、デジタル、リアルといった消費者とのあらゆる接点におけるコミュニケーション開発と推進です。2つ目は、広告にとどまらず、消費者との新たなコミュニケーションのテストモデルを開発し、推進していくことです。

入社後、営業職から酒類本部企画部に異動。その後宣伝部部長を経て、現在は1年前に新設されたコミュニケーションデザイン部部長
望月:具体的には、次の4つの指針を基に活動しています。
- 「お客様主役の360度統合型マーケティング」:すべての活動の中心にお客様を置く。
- 「インサイトを制するものが、マーケティングを制する」:ブランドが捉えるべきインサイトに重点を置く。その一環として、ユーザーインサイトを意識したオリエンシートを導入し、CM放映前の消費者テストを開始。
- 「どんな情緒ニーズをターゲットにするかを明確にする」:年齢性別などデモグラフィックでターゲットを定めるのではなく、「どんな“情緒ニーズ”を持つ人をターゲットにするのか」という視点からアプローチする。
- 「CCI(Core Creative Idea)の設定」:コミュニケーションコンセプトを設定して、すべてのタッチポイントで、統一感があるブランドコミュニケーションを展開。
米田:先ほど、オリエンシートの導入というお話がありました。オリエンシートとは、代理店さんへの発注の際に、インサイトや情緒ニーズ、読後感などを言語化し、どんなCMを創ってほしいのかを明確に書面化しているシートのことですよね。
望月:はい。オリエンシートを導入したことで、代理店様からご提案いただくクリエイティブを主観だけで判断せず、常にオリエンシートの内容と照らし合わせて判断する文化が根付いてきました。これにより「言った、言わない」というような認識のずれや、それによる無駄なやり直し作業が激減しました。CM企画中でも、弊社側からのオリエンの内容が的を得ていなかった場合は、オリエンシートに戻って修正させていただくこともあります。
放映前に必ず実施するようになった消費者事前テストでは、CMの「短期売上」と「長期的ブランド形成」ポテンシャルを測っています。当社では短期・長期のポテンシャルがどちらも高い結果が出ると放映OKの“GOゾーン”に入ったと評価しているのですが、両指標ともに一定の基準を満たすゾーンが「GOゾーン」で、このGOゾーンに入るCMが、9割近くを占めるようになりました。その結果と連動して、消費者のCM好感度も上がっており、CM好感度の企業別の順位が2019年は24位でしたが、2023年には6位となりました。
担当者直伝!「良質なオリエンシート」2つのルール
米田:続いて、中村さんにお話を伺います。中村さんはオリエンシートやCM事前調査の導入当初から真剣にユーザーインサイトについて強い興味関心を示されて、私も色々なプロジェクトで一緒に「このインサイトは的をついているのか」など何時間も壁打ちをしていただいています。多くの素晴らしいCMを生み出してこられた中村さんですが、CM作りに対してどのようなお考えをお持ちか、改めて聞かせていただけますか?

入社後、アサヒビール東京2020オリンピック・パラリンピック本部に配属。その後、宣伝部を経て、現在はコミュニケーションデザイン部で制作チームに所属
中村:私は、「すべてはオリエンシートに宿る」と考えていまして、オリエンシートがちゃんと書けていなければ、良いクリエイティブは絶対にできないというのがモットーです。
オリエンをする目的は、相手に伝える・相手に伝わることであり、そのためには伝えるべき内容の優先順位付けと、それを明確に「言語化」することが非常に重要になります。そこで、私は、よいオリエンシートの作成にあたって、自分なりに2つのルールを設けています。
1つ目は記載する単語を少なくすることです。シートの中に単語数が多いのは、ディレクション側がお客様に何を届けたいか整理できていない証拠です。また、発注側からの単語が多いと、クリエイティブの自由度の幅を狭めてしまう可能性に繋がります。
2つ目は形容詞を極力使用しないことです。「かっこいい」や「きれい」といった形容詞は人によって解釈の幅が広すぎるため、齟齬が生じやすいです。どうしても使わなければならない場合は、その言葉の定義を必ず書くようにしています。