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Z世代を魅了する“懐かしさ”──TikTokで広がるノスタルジーマーケティング

 2000年代の音楽やテレビ番組、ファッションが、今Z世代の間で再び注目を集めている。かつての「古いコンテンツ」が、むしろ新しい感覚で若者たちに消費されているのだ。この潮流の背景には、ノスタルジーがもたらす心理的な効果と、SNSが担う“再発掘”の構造、そしてブランドによる巧みなマーケティング戦略がある。本記事では、こうした現象の背景にある心理やアルゴリズムの構造、そして海外企業の取り組みを紐解きながら、「過去」を活用したマーケティングの最前線を紹介する。

ノスタルジーはなぜ共感を生むのか?──安心感と連帯の感情

 ノスタルジーがマーケティングで注目される理由は、それが人々の「感情的な記憶」や「社会的なつながり」に直接作用するからだ。アメリカ合衆国に本拠を置くBtoB向けのマーケティング&ITサービス仲介プラットフォーム企業「DesignRush」は、ノスタルジーマーケティングを「不確実な時代における“感情の錨(いかり)”」と表現し、ブランドロイヤルティやコンバージョン率を高める効果があると指摘している。

 現在、全広告のうちノスタルジーを活用しているのはわずか3%にすぎないが、その少数派が得るインパクトは大きい。Z世代においては、12〜29歳の52%がクラシックブランドを好み、81%が子ども時代の製品の再登場を歓迎している。また、Z世代の37%は実際に体験していない1990年代に対してもノスタルジーを感じているという。

 こうした感情はTikTokやInstagramといったSNSを通じて加速する。懐かしい楽曲やビジュアルがミームやリールとして再編集され、「共感」の連鎖を生み出す。「懐かしい」「知ってる」といった反応が広がるたびに、ノスタルジーは共通体験として再構築され、ブランドとの結びつきも強まっていく。

 このように、ノスタルジーはただの懐古趣味ではなく、安心感と共感性を介して、ブランドと若年層をつなぐ“感情のインターフェース”として機能している。重要なのは、単なる再現ではなく、現代の文脈に合った再構築だ。

アルゴリズムが起こす「再発掘」──TikTokが変えたカルチャーの循環

 TikTokのアルゴリズムは、単なるコンテンツ推薦エンジンではなく、“時代を超えた編集者”としての機能を果たしている。Z世代が生まれる前後に流行した音楽やテレビドラマが、再び注目を浴びる背景には、このプラットフォームの仕組みが大きく関与している。

 英国ガーディアン紙によると、1999年から2004年に放送された『Sex and the City』は、TikTok上でこれまでに10万8,000本以上の関連動画が投稿されており、過去1年でその数は倍増した。『Gossip Girl』(2007–2012)は120万本、『Gilmore Girls』(2000–2007)は100万本、『The Vampire Diaries』(〜2017)は200万本を超える関連投稿が確認されている。さらに、イギリスの青春ドラマ『Skins』(2007年〜)も世界で160万件超の投稿がされており、ティーンカルチャーとしての再評価が進んでいる。

 こうした“再ブレイク”は、単なる偶然ではない。TikTokのアルゴリズムは、ユーザーの反応や共感度をもとに、古いコンテンツを新たな文脈で拡散させる性質を持つ。一度話題になれば、関連動画やハッシュタグがタイムラインに次々と現れ、ユーザー主導でカルチャーが再構築されていく。

 この動きを象徴するのが、エンタメ領域で使用されている「#noughtiesnostalgia」(2000年代ノスタルジー)というハッシュタグの急増だ。ガーディアン紙によれば、このハッシュタグの使用率は前年比で36%増加しており、TikTok上で2000年代カルチャーを再発掘・再消費する動きが確実に勢いを増している。

 つまり、TikTokは過去の文化資産を“今”の感性でアップサイクルする装置であり、Z世代の間で起きているノスタルジーブームは、単なる流行ではなく、SNSアルゴリズムが生んだ文化循環の構造的な結果といえるだろう。

次のページ
ノスタルジーを戦略的に取り入れるには?成功事例に学ぶ

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この記事の著者

中井千尋(Livit)(ナカイ チヒロ)

大学卒業後、金融機関勤務を経て、イギリスへ留学。そこで培った語学力を活かし、帰国後は企業の語学研修コンサルティングに携わる。シンガポールに渡り、大手日系商社に転職。シンガポール人、インド人、オーストラリア人、モンゴル人、中国人など多国籍社員が集う場でのビジネスを経験。その後、オランダに渡り、ライターとして独立。分野...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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2025/07/07 09:30 https://markezine.jp/article/detail/49367

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