DX化とは、デジタルトランスフォーメーションを推進するという意味ですが、業務プロセスをIT化するという意味ではありません。DX化に取り組むことは、企業そのもののビジネスモデルに変革を及ぼすものであるため、基本的なポイントをおさえたうえで一つひとつの課題点をクリアしていく必要があります。
DX化を成し遂げるためには多くの課題と向き合っていかなければなりませんが、じっくりと取り組んでいくことで競合他社との差別化や自社の強みを発見することにもつながるでしょう。
この記事では、DX化の基本的な意味や注目される背景、IT化との違い、メリットと課題点、成功事例などを詳しく解説します。
DX化とは?
DX化とは「デジタルによる変容」を意味する言葉ではありますが、単にデジタル化を示すワードというわけではありません。まずはDXの基本的な定義を確認しながら、ビジネスにおけるとらえ方や注目される背景などを見ていきましょう。
DXの定義
DXとは「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の略語であり、スウェーデンのエリック・ストルターマン教授が提唱した概念です。平たくいえば、DXは「ITの浸透によって、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」というものであり、元々はビジネス領域に限定されたテーマではありません。
具体的な特徴としては、「情報技術と現実が少しずつ融合していく」「デジタルオブジェクトが物理的現実の基本的な素材になる」といった点が挙げられ、いずれも目的は人々の生活を豊かにしていくことにあります。
そのため、企業がDX化に取り組む際は顧客視点を見失わないことが肝心です。DX化は業務プロセスをデジタル化することで業務効率を高めるといった目的だけでなく、自社のビジネスモデルを大きく変革させることによって、顧客にとっての利益をもたらすことを指します。
ビジネスにおけるDX化
経済産業省の定義によれば、DXは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」とされています。
このように、まずはデジタル技術により効率的な業務を実現することが前提となりますが、単に企業活動の効率化のみを目的とするわけではありません。
デジタルテクノロジーを駆使することで、経営の仕組みや製品、サービスなど、ビジネスプロセスそのものを見直していくという、よりダイナミックで抜本的な変革を指しているのです。そして、変革を通じて「企業競争力の向上」や「生産性の向上」を実現するのが、ビジネスにおけるDX化の目的です。
あくまでDX化を進める過程でブランド力や業務効率が高まるものであり、自社の顧客にとってどのようなメリットにつながっていくかも併せて考えておく必要があります。
DXが注目される背景
日本においてDXが注目されるようになった背景には、2018年に経済産業省が発表した「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)」(現「デジタルガバナンス・コード2.0」)が関係しています。
ガイドラインでは、今後ビジネス活動においてDXを推進できなければ、2025年以降に年間最大12兆円もの経済損失が生じる可能性があると試算されており、ビジネス領域におけるDXの必要性について警鐘を鳴らしています。
これは「2025年の崖」と呼ばれており、複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存のシステムが残存した場合、主に以下のような課題に直面し、企業自体もデジタル競争についていけなくなる可能性があるとしています。
- 爆発的に増加するデータを活用することが困難
- IT システム運用・保守の担い手不在による技術的負債の増加
- 業務基盤の維持・継承の困難化
- 事故や災害によるシステムトラブル、データ滅失・流失のリスク
- クラウドベースのサービス開発・提供の遅れ
- 人月商売や多重下請構造からの脱却困難化
以上のように、企業の継続そのものについて大きなリスクが待ち受けているという事実が、急速なDX化の流れを後押ししているのです。
また、新型コロナウイルス感染症の拡大により、デジタル技術の活用シーンが広がったことも、DX化を進める一つのきっかけとなっています。業種によっては従来のビジネスモデルが成り立たなくなっているケースもあるため、抜本的な経営の変革に迫られている企業も多いといえるでしょう。
DX化を進めるメリット
ここまで、DXの基本的な定義や必要性について見てきましたが、実際に企業がDX化を進めることでどのようなメリットが生まれるのでしょうか。ここでは、4つのポイントについて解説します。
企業競争力が高まる
DX化が進むことにより、企業は様々な側面において競争力を高めることが可能です。
たとえば、人事の分野であれば、膨大な人事データを活用し、効率的な人材育成や人材制度設計に活かすことができます。既存の人材をより有効に活用できるとともに、採用のミスマッチなども予防できるため、人手不足の解消による競争力の向上が期待できるのです。
業務効率化による生産性の向上
DX化には、デジタル技術の活用によって既存業務の効率化が可能になるという側面もあります。
AIやRPAなどの自動化ツールを活用することで、ヒューマンエラーを予防できるとともに、人的リソースをコア業務にあてることも可能です。
働き方改革を実現できる
業務の効率化は、従業員の働き方改革を強く推し進めることにもつながります。業務システムが改善されれば、業務時間の短縮や残業の減少、リモートワークの推進による通勤時間の削減などがスムーズに実現できるようになるためです。
新規事業や新商品の開発などにつながる
DX化は社内の業務だけでなく、製品やサービスの抜本的な見直しにもつながります。これまで取りこぼしていたデータをもとに、新商品や新サービスの開発が行えるなど、ビジネスモデルそのものを生み出す可能性も秘めています。
DX化とIT化の違い
DX化はIT化と同じような意味でとらえられることも少なくありませんが、両者の意味は異なります。DXについて正しく認識するうえでは、IT化との違いにも目を向けておくことが大切です。
IT化とは?
IT化とは、既存の業務内容を維持したまま、業務の効率化や強化のためにデジタル技術やデータ活用を行うといったイメージを指します。
たとえば、タイムカードで記録していた勤怠管理を勤務管理システム上で行い、システム上で管理している勤怠データに基づいて給与計算までデジタルで行う、などがその一例です。
DX化とIT化の関係性
IT化の対象が既存の業務プロセスに留まるのに対して、DXはデジタル技術の活用によって、製品やサービス、ビジネスモデルに変革をもたらすものです。つまり、IT化はDX化の手段であり、DX化はIT化の目的といえます。
たとえば、IT化によってペーパーレスや電子化が実現し、業務の効率化に成功したとしても、それだけではDX化が行われたとはいえません。「電子化により新規の顧客にも購入ルートを設けられた」「取得したデータから既存の顧客の新たなニーズを見いだし、新規サービスを開発した」など、具体的なビジネスモデルの構築・変化をもって、はじめてDX化の成功と判断することができるのです。
DX化とIT化がもたらすそれぞれの変化
DX化とIT化の違いについてもう少し掘り下げて解説すると、IT化による変化は「量的変化」、DX化による変化は「質的変化」をもたらすといえます。
IT化は端的にいえば業務の負担量を減らすことに目的があり、数字で表しやすいことから、目標設定や結果の共有も比較的行いやすいといえるでしょう。
それに対して、DX化はビジネスモデルの抜本的な変化に目的があるため、目標の共有や結果の把握が難しい面もあります。近年ではRPA(Robotic Process Automation)やAI、ビッグデータなどが登場しているものの、活用の範囲が既存プロセスの効率化に留まってしまうケースも少なくありません。
それは、量的変化のほうがイメージしやすく、目標や結果の把握・共有が簡単であるためともいえるでしょう。もちろん、それだけでも業務上は確かな効果が得られるものですが、DXの観点からいえばあくまでも手段に過ぎないため、目的を明確にすることが大切です。
DX化を阻む課題
DX化は事業を継続するうえでとても重要なプロセスとなりつつある一方、実際の現場ではなかなか実現が難しいというケースも少なくありません。ここでは、DX化の推進を阻んでいるおもな要因について解説します。
DX化を担う人材の不足
DX化を推進するには、最新のデジタル技術やITの知識に精通した人材が不可欠です。しかし、事業の分野や従業員の年齢層などによっては社内に適した人材がおらず、DX化を進めたくても進められないというケースが少なくありません。
DX化に必要なスキルが既存の業務と大きく異なる場合、通常とは違った観点で人事評価を行い、全社的に適した人材を探す必要があります。そのうえで、必要があれば外部人材の採用も含めて検討することが大切です。
既存システムのIT化が困難
先ほども解説したように、DX化を行ううえでは、IT化が前提の手段となります。しかし、既存システムが老朽化している場合、そもそも社内システムのIT化が行えず、DX化のスタートラインに立つことすら困難となるでしょう。
特に営業年数が長い企業や比較的規模の大きな企業では、既存システムが肥大化・複雑化している傾向が強く、一朝一夕にはIT化が行えないという場合が少なくありません。その状態を脱却するためには、大きなコストと時間がかかってしまうのも確かです。
とはいえ、DX化を推進するうえでは、やはり老朽化したシステムは大きな足かせになってしまいます。たとえ先進的なITスキルを保有した人材を採用できても、既存システムの運用・保守にリソースを割かれてしまい、宝の持ち腐れとなってしまうのです。
DX化の目的が不明確
DX化は前述のように、量的変化ではなく質的変化を目指す取り組みです。それだけに、目的が不明瞭なままただ単にDX化することがゴールとなってしまっては、具体的な効果を得ることができません。
どのような分野で、どのようにして競争優位性を確立していくかは、会社ごとに大きく異なります。そうした意味では、DX化はIT化と比べて、現場レベルよりも上位の観点や裁量が求められる面も強いといえます。
自社がDX化を進める目的を含めて、具体的な方向性については経営層が考え、明確な形として社内に共有していくことが大切です。
DX化の成功事例
DX化の具体的な目標は会社によって異なるため、自社ならではの方向性を模索していく必要がありますが、様々な課題に直面するケースも珍しくありません。
ここで紹介する3つのDX化成功事例からポイントを学んでみましょう。
ニトリ
株式会社ニトリホールディングスでは、ブロックチェーンを使った物流情報の電子化やAIによる配送ルートの最適化、独自の倉庫システムの開発など、幅広い分野においてDX施策が実行されています。そのなかでも、特にユニークなのが独自の人材プラットフォームに基づく人事DX戦略です。
人材プラットフォームでは、人材に関するデータの一元管理を行い、社員それぞれのキャリア志向や行動特性、興味に合わせた学習環境の提供が実現されています。これにより、社員に対しては学習内容や課題の把握によりキャリア形成がイメージしやすくなるといったメリットが生まれます。
そして、企業側にとっては、人材の効果的な活用点や、幅広い知見と経験を備えたプロフェッショナルの育成などの価値が生まれます。この人材プラットフォームをOJTと併用しながら活用し、3年間で社員の自律を促す仕組みを構築することに成功しています。
トライアル
九州を中心に全国展開する小売業の株式会社トライアルカンパニーでは、スマートショッピングカートやAIカメラの導入を通じて、DX化による顧客体験の大幅な改善に成功しています。スマートショッピングカートとは、入店時に専用のプリペイドカードをタブレットに読み込ませて使用するセルフレジ機能付きカートです。
顧客は購入したい商品を自分でカートのバーコードリーダーにかざし、カゴに入れるとすぐに商品一覧と現在の合計金額をタブレットから確認できます。さらに、スマートショッピングカート専用のレジが併設されているため、スムーズに決済を済ませることも可能です。
このように顧客が快適にショッピングできる仕組みを導入した結果、トライアルでは10%以上の利用者来店頻度向上に成功しています。
また、これらの取り組みを通じてスマートショッピングカートに入力されたデータは、顧客情報として活用できるため、企業側にとってさらなるメリットを生み出しています。どのルートでどのような時間帯に商品がスキャンされたかが一目瞭然であるため、商品の陳列場所を改善したり、レイアウトの変更によって動線を最適化したりする際にも有用です。これらの改善の結果、顧客の購買行動の80%を占めるとされる「非計画購買」の可能性も広げられる仕組みとなりました。
ハマヤ
DX化に成功している事例は、大企業に限らず中小企業でも見られます。京都の手芸卸問屋である株式会社ハマヤは、ITの活用によって新ブランドの開発に成功するとともに、これまでとはまったく畑が異なるITコンサルティング事業の展開にも着手した「DXの成功例」です。
ハマヤでは社員の平均年齢が50~60代であったということもあり、当初はデジタル化が行われておらず、発注や在庫の管理などはすべて紙や電卓、電話を使ったアナログ方式で行われていました。しかし、担当者がクラウドによる管理システムを構築し、丁寧に指導をしながら導入を進めていった結果、年間で5760時間という膨大な量の業務時間削減に成功しました。
その結果、社内の働き方改革が大幅に進み、余力を活用した新商品の開発、20代の若い社員の入社といった様々な価値が創出されていきました。さらには、中小企業で実際にDX化を成功させたノウハウを活かし、ITコンサルティング事業の新規立ち上げにも成功しています。
まとめ
DX化はデジタル技術の活用によって、新たなビジネスモデルを構築したり、企業の競争優位性を高めたりする取り組みを指します。IT化と混同されることもありますが、IT化が業務の効率化による量的変化をもたらすのに対し、こちらは質的変化を目指すものであり、IT化はDX化を行うための手段に過ぎません。
IT化に比べてDX化は目標が曖昧になりがちですが、まずはDXの定義や目的について正しく理解し、自社の実情に合わせたゴールを設定することが大切です。実際に成功している事例も参考にしながら、DX化を通じた新たな可能性をじっくり検討してみましょう。