行政側にデザインの視点が欠けていることに気づき立ち上げた「JAPAN+D」
――JAPAN+Dはどのような背景で生まれたのでしょうか。
経済産業省には、職員が普段の仕事の枠にとどまらず、新しい政策を提案する「創造的予算コンテスト」というものがありました。私が創造的予算コンテストに提案をしたのは2021年2月です。
そこで、デザインを通じて企業経営を支援するプロジェクトを行いたいとの提案をしたところ一次選考は通ったのですが、ほかにもデザインをテーマにしたチームがあったため、そのチームとオンラインミーティングをしてみました。そのチームは「官僚」×「美大生」といった異なる考えかたに強みを持つ二者をかけあわせ、新しい動きや変革を行うプロジェクトを進めたいと考えていました。そのなかには、国内のデザインスクールを卒業していたり、海外でデザイン留学していたりしたメンバーもいましたね。そのときのメンバーで目指したのが、当然に求められるPlanAだけではなく、だれも気付いてない部分までをうろうろしながら、未来の種になるPlanDを考える「teamD」です。
ちょうどコロナ禍でオンラインの環境が整っていたこともあり、私たちは相互に想いを共有するべくミーティングを重ねていきました。そのなかで、私たちが本当に課題だと感じているのは何かを考えたとき、企業の皆さんにデザインアプローチ導入を提案する前に、そもそも行政にデザインの視点が導入されていないことに思い至ったんです。
たとえば、行政の予算のページを見たことがある方はどのくらいいらっしゃるでしょう。行政が発信する内容は相手にとって受け止めやすいものとは言えず、経済産業省の政策のPRページを見ても、求めている情報がどこにあるかわかりにくいのではないかと思います。そんな状態で「補正予算が成立しました」とのニュースを見ても、生活者の方々にはピンとこないのではないでしょうか。
私たち行政は、皆さんからの税金を使わせていただき、日本がよりよくなるような政策づくりを心掛けています。そのなかで、情報をきちんと受け取りやすい形で受け取ってもらえるようにすることも行政の役割のひとつであり、その中身をより本質的な社会課題解決につながる内容にすることも重要であると考えています。
私は現在、経済産業省本省ではなく地方局におり、本省の併任業務として政策立案プロセス改善を担っています。地方局では中小企業の方々とお話しする機会が多くありますが、政策については現場とのミスコミュニケーションが起きていると感じる場面も少なくありません。一例を挙げると、行政がデジタル化を進めることで人の価値をより重要な領域に使っていただきたいと考えて設計/発信している政策が、受け手にとっては「デジタルツールを導入さえすれば補助金がもらえる」といった捉えられかたをしているケースです。
こういったミスコミュニケーションや受け取られかた、そもそもの政策立案や発信における態度をよりよくしようと考え集まったのがJAPAN+Dの前身となったteam-Dです。その後、今までの手法も大切にしながらも日本の政策立案プロセスにデザインを取り入れようという意味をこめ、「JAPAN+D」に名前を変えました。現在のコアメンバーは16人。所属が変わったりしているものの、経産省のメンバー11人のほか、文科省、特許庁、デジタル庁、総務省、海外留学をしている人などもいます。
――JAPAN+Dの活動の軸を教えてください。
JAPAN+Dの行動の柱は「政策づくり」「組織づくり」「仲間づくり」の3つです。
政策をより良いものにしていくためには、そもそもこの政策が何のためにあるのかを省内の担当課室と一緒にブラッシュアップしていく必要があると考えました。もちろん政策づくりは、生活者の方々に喜んでもらうために行うことが大前提ではありますが、国家公務員は国家公務員試験が必須というハードルがありつつ、それを乗り越えて国をより良くしたいと考える人が集まっています。ですが少しの間違いが起きると批判の対象になりやすかったり、働きかたの改革もなかなか進まなかったり、志を持って国家公務員になった若者が失望し辞めていってしまったりすることもある。それはきっと国のためにも生活者の方々のためにもなりません。国家公務員も人なので、「組織としてみんなの役に立てている」という実感がないと、モチベーションを保ち続けることが難しい仕事だと感じています。
そのため、デザインアプローチを導入することでより人々の役に立つことができる政策づくりに関与し「自分が誰かに必要とされている」といった実感を持てる仕事づくりや組織づくりがしたい。そう考え、2021年度と2022年度には、デザインファーム「KESIKI」さんに伴走していただき、政策づくりのありかたにデザインアプローチを導入する取り組みを行いました。そのアウトプットのひとつが、ダイバーシティコンパスです。ダイバーシティは何のために必要なのか、それを通じて何を目指しているのか――。これらを本省の担当者と考え、その思いを引き出し、形にしているところです。
省庁のなかにいると行政のシステムを知りすぎているため「それを変えるのは無理ではないか」と制限がかかってしまうのですが、良いことは良い、おかしいことはおかしいというのは、外部の方だからこそ指摘してもらえると思っています。また、省内の職員に「デザインっておもしろそう」「やってみたい」と思ってもらうために、デザインとはなにかを学ぶ研修などを本省や他省庁をふくめて行い、ワークシートなども無料で公開しています。
仲間づくりの観点では、YouTubeで発信をしたりイベントを行ったり、海外の学会にも出向いたりしています。デンマークのDDC、イギリスのポリシーラボなど、サービスデザインを専門に取り組んでいる組織が国に伴走しているケースもありますが、日本はそうではありません。そのため、そういった取り組みを積極的に行っている国や、国内でサービスデザインに力を入れている自治体さんなどと連携しながら、「誰かに寄り添う」観点から政策を考える輪を広げ、従業員満足度と顧客満足度の両方を高めていきたいと思っています。