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第106号(2024年10月号)
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MarkeZine Day 2020 Autumn(AD)

NPS®ベースのPDCAサイクルで成功した楽天トラベル、カギは体制づくりとシステムにあり

 顧客ロイヤルティを測定する方法として「NPS(ネットプロモータースコア)」を採用する企業が増えている。顧客満足度調査とどう違い、どのような効果が得られるのか? 2016年に全社導入してNPS活動を展開している楽天から、山本歩依氏が、MarkeZine Day 2020 Autumnで楽天トラベルでの取り組みを語った。また、楽天トラベルの活動を支えるシステム・コンサルティングを提供しているNTTコム オンラインのNPSコンサルタント笠岡秀輝氏がそのNPS向上のポイントについてお伝えした。

NPS顧客のロイヤルティを知ることに非常に適した指標

 楽天トラベルは楽天のオンライン旅行予約サービスだ。楽天がグループ全体でNPSを導入したのは2016年のこと。NPS運用システムは、NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューションが日本国内で独占的に提供している米NICE社の「NPX Pro」を採用している。

 NPSは、「友人や知人にお薦めしますか?」を0(まったく思わない)から10(非常にそう思う)の11段階で評価するものだ。0から6を「批判者」、7と8を「中立者」、9と10を「推奨者」と3区分する。

 3セグメントの行動特性として、「推奨者」は購入金額や回数が多く、ポジティブな口コミや紹介をしてくれるのに対し、「批判者」は購入金額や回数が少なく、口コミもネガティブ、サービスコストを増加させる傾向が強い。その間の「中立者」は、満足はしているが熱烈ではなく、ロイヤルティよりも惰性に影響されやすく競合に移りやすい。

 そして、「推奨者」の割合から「批判者」の割合を引いた比率がNPSとなる。

CSにはなかった業績との相関性があるのがNPS

 それまでの顧客満足度(CS)との違いについて、NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューションでデータ&アナリティクス部 コンサルタントを務める笠岡秀輝氏は「企業の成長率との相関性が強い点」を挙げた。

NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション株式会社
データ&アナリティクス部 コンサルタント
笠岡 秀輝氏

 CS調査では、回答者は余程大きな不満を抱えていなければ「満足」と回答する傾向があるため、「スコアが高止まりする」と笠岡氏は述べた。「満足」と回答していてもリピートせずに離脱や退会になることもあり、調査結果は良いのに売り上げや業績が下がるというケースが少なくないという。一方のNPSは、同社のベンチマーク調査の結果からNPSスコアと企業の成長率との間に相関関係があることが明らかになっている。

 また、口コミ、継続利用、購買単価の3つすべてで、批判者を1としたときに推奨者の価値は1.5~2.5倍と顧客価値が高いことがわかった。このようなことが、NPSへの関心や導入につながっているようだ。

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成果が出ているケースは、アクションに時間をかけている

 楽天トラベルでもNPX Proを使ってアンケートの設定や集計、分析といった部分は自動化し、アクションに時間をかけることがNPS向上のキーポイントの1つだ。一方、停滞してしまっているケースとして、アンケートの集計や分析に時間がかかってしまい、アクションに時間をかけられていないことが挙げられる。

 NPX Proをうまく活用することで、タイミングを逃すことなく、複数のトランザクショナル調査を実行できる。NPXはアンケートの配信から分析、ダッシュボード表示、アラートの発出など単なるアンケートシステムとは違い改善アクションまでを支えるNPS改善に特化しており、楽天トラベルの改善活動をサポートしている。

顧客ロイヤルティの高いサービスを目指す 楽天トラベルのNPS活動

 では楽天トラベルではどのようにNPS活動を展開しているのか? 楽天トラベルの山本氏はNPS活動とは、「調査を起点に改善を実行すること」「改善活動が継続する企業文化を醸成すること」であると語る。

 サービスの改善には、不満の解消、強みの強化の2つのアプローチがあるというが、重視しているのは、不満の解消だ。その理由について山本氏は、「不満は批判者だけでなく中立者や推奨者も広く抱えていることが多く、施策をしたときにポジティブな効果を与えられる範囲が広いため」と説明した。

 最終的には、NPS活動を通じて「批判者と中立者を減らし、推奨者を増やすことで顧客ロイヤルティが高く、顧客基盤の強い事業になることを目指している」という。実際の活動としては、NPS調査、分析、施策立案、実行のサイクルを繰り返し回している。

 活動の起点となるNPS調査は、経営層向けの「リレーショナル調査」と現場向けの「トランザクショナル調査」の2種類を実施している。リレーショナル調査は年4回、楽天トラベルと競合他社の評価を調べて自社の立ち位置をおおまかに把握する、いわば”健康診断”。それとは対照的に、トランザクショナル調査は、月に1回、楽天トラベルの国内宿泊、海外宿泊、バス、レンタカーなど展開しているサービス種類ごとに細かく調査しているそうだ。

 「トランザクショナル調査は、リレーショナル調査からは得られない具体的な回答が集まりやすく、現場がアクションをとるために活用しやすい」と山本氏、2つの調査の組み合わせがポイントのようだ。

NPS活動がボトムアップで定着する組織づくり

 調査が終わると、早速定量と定性の両方から分析を進めていく。定量については、性別や年齢などのセグメント別にスコアをみて注力すべき層を見つけ、複数あるドライビングファクターから特にNPS向上に影響するものを検出し、優先的に取り組むべき領域の特定を行うという。

 数値面での分析に加え、コメント確認も重要な作業だ。NPS調査は、11段階で評価をした後、その評価をつけた理由を書いてもらっている。コメントは、施策立案の具体的なヒントになることが多く、1つずつ目を通して集計しているそうだ。

 調査結果を分析すると、顧客意見は大きく3種類に分けられる。1つは多くの顧客に共通する慢性的な「不満や要望」で、優先順位をつけて戦略的な施策立案につなげていく。一方、パーソナルな「個別クレーム」があった場合は、カスタマーサポートの部署などと連携して早急な対応を図る。また「お褒めの声」をいただいた場合は、社員のモチベーションを上げるために積極的に社内共有している。

 これらの調査から分析、施策立案へと一連の活動をきちんと回すために、楽天トラベルでは誰がその活動をリードするかという体制を重視している。

楽天株式会社
コマースカンパニー トラベル&モビリティ事業 品質管理室 品質管理企画グループ アシスタントマネージャー
山本 歩依氏

 「元々NPS活動は、私が所属する品質管理の部署を中心に進めていました。ただ、特定の部署で分析から施策立案まで完了させ、事業全体に施策を落とすかたちは効率的な面がある一方で、ボトムアップでNPS活動をする文化が醸成され難いと考えていました。そこで、国内宿泊、海外宿泊などサービス別に導入した7種類のトランザクショナル調査では、各サービスの現場に最も近い部署にそれぞれNPS担当者を配置することにしました」(山本氏)

 山本氏は楽天トラベル全体のNPS管理という立場で、各部署のNPS担当者と連携しながら活動の取りまとめをしている。山本氏が「活動に携わる人数が多い分、全体の管理や推進は簡単ではありません。それでも、NPS担当者を様々な部署に配置したことで、当事者意識が高まり、社内でNPS活動が活発に行われるようになっていきました」というように、体制は成功のカギを握っているといえそうだ。

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施策実行を実現していく仕組み

 施策実行は担当者の推進力や熱量に依存しがちだが、「楽天トラベル全体のNPS活動を推進する立場として、各担当者の状況を把握し、サポートできることがないか考えている」という。その一環として「品質向上委員会」を設けて毎月運営している。これはNPS担当者と経営層が参加する定例会議で、各担当者から調査で判明した課題や改善進捗に関して報告することで、社内横断的に課題が認識され、部署を超えて改善施策を話し合う場となっている。

 担当者制と同様に楽天トラベルのユニークな点といえるが、山本氏は「調査を導入して、担当者をつけて、”あとはやってね”というのは突き放しになってしまいます。各担当者が孤軍奮闘にならないよう、経営層を含めて社内に顧客意見を認知させ、NPS活動の支援を得る機会を設けることは重要と考えています」と明かす。

 また、顧客意見に基づきサービス改善したものをユーザーに紹介する「お客さまの声をかたちに」ページも設けている。この狙いについて山本氏は、「新しい機能をリリースしても、利用してもらわないことには、効果検証やその先の改善ができず非常にもったいない。施策を実行した後は、お客さまに改善した内容をしっかり伝えていく重要性を実感している」と説明する。

国内宿泊のホテル検索機能はNPS調査をきっかけに実現

 NPS調査をきっかけに実現した事例の1つが、国内宿泊のホテル検索機能だ。調査から「宿泊施設の種類別検索がしたい」「喫煙部屋でも検索したい」などの要望が顕在化した。前者の要望に対しては、多様化する宿泊施設の種類を定義し直した上で、全国の施設を分類し、絞り込み条件に追加した。後者の喫煙の検索は以前から提供していたが、画面が分かりにくいことが原因と判断し、検索画面のUIを改修した。これらの結果、絞り込み検索の利用率がPCとモバイル共に向上し、ユーザーからは「待ってました」などの声が寄せられたという。

 このような活動を通じて得られたことはいくつかあるという。まず、顧客ロイヤルティが着実にアップした。また、社内でも”事業のポジティブな変化を実感している”という社員の比率が増えているという。「全社員が、顧客志向でありたいという理想を掲げる中で、NPS活動がその具体的な道筋となってきているようです」と山本氏はまとめた。

パートナーを巻き込んだNPS活動を展開

 楽天トラベルは旅行者であるエンドユーザーだけではなく、宿泊施設やレンタカーなどの事業者(パートナー)を巻き込んだNPS活動も実践している。「予約前から旅行後まで、トータルの体験価値を高めていきたい。そのため、現地でサービスを提供してくださる全国のパートナー様との連携は必須です」と山本氏はいう。

 パートナーを対象にNPSの勉強会やワークショップを開催しているほか、宿泊施設などに関する顧客意見があれば共有し、連携を進めている。

 実際にパートナーと共同で新しいことに取り組んだ例も出てきている。その1つが、あるレンタカー事業者と企画した「クイックチェックインサービス」だ。NPS調査で車を借りて出発するまでにかかる時間が長いという不満が上がってきたことをふまえ、受付で説明していた重要事項を紙にまとめ、事前に確認して承諾した旨サインを入れて持参することを推奨し、店舗での待ち時間を短縮できるようにした。

 「楽天トラベルとパートナーの事業者がお客さまにより快適な体験を提供したいという想いで議論を重ねた結果、業界で当たり前に続いていたオペレーションを抜本的に見直す施策が実現しました」と山本氏。パートナーとの連携が新しいサービスを生んだ例といえそうだ。

パートナーも大切な顧客

 もちろん、楽天トラベルにとってはパートナーも大切な顧客であることから、彼らに楽天トラベルを評価してもらうNPS調査も実施しているという。楽天トラベル上の販売促進企画、精算管理、営業サポートなどに関して調査し、こちらも担当者を設置して日々改善活動をしているとのことだ。

 旅行業界はコロナ禍の打撃を受けた業界の1つだが、その影響下でもNPS調査の活用は進んでいる。「調査を通じて、今ユーザーが何を感じているのかを理解し、社内はもちろん、パートナーの方々にも情報を届けていきたいと考えています」と山本氏は続けた。

 実際に「どのような感染対策があれば安心ですか?」「感染状況が落ち着いたらどのような旅行がしたいですか?」「宿泊施設に応援メッセージをください」などをユーザーに調査し、回答を冊子にして全国のパートナーに届けたところ、「旅行を楽しみに待っている人がたくさんいると知って本当に元気が出ました」「声を参考に受け入れの準備を頑張ろうと思います」などの反響があり、喜ばれたという。

 「NPS調査はサービス改善を目的としていますが、調査を通じて集まったお客さまの声はときに激励にもなることを実感しました」(山本氏)

 今後の展開については、長期的にNPSの活動を続けていきたいと山本氏は語る。「NPSにはネット・プロモーター・“スコア”という意味だけでなく、”システム”というニュアンスも含まれています。”一定のスコアに到達すれば終わり”ではなく、改善サイクルが持続可能となる企業文化を育てあげることが最終的なゴールになります。文化醸成は一朝一夕では実現しません。数年先を見据えた長期的な視点を持ち、社内の成熟度に合わせて段階的にNPS活動を根付かせる仕掛けを行っていけるようこれからも取り組んでいきたいと思います」と締めくくった。

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この記事の著者

末岡 洋子(スエオカ ヨウコ)

フリーライター

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2020/11/16 10:00 https://markezine.jp/article/detail/34516