幸せってなんだっけ? 問題解決から問題提起へ
問題解決のデザインに対し、問題提起はアートの領域だと言われる。
アート思考は、既成概念や固定観念にとらわれず、自身の主観的な視点、思想、思考、感情を起点に、問いと物語の想像と創造を行っていく思考法だ。デザイン思考はゼロイチの創出に不向きで、ゼロイチの発想は、アート思考だという指摘をする人もいる。
デザインの文脈でも、問題を提起し議論を起こすためのデザイン「クリティカル・デザイン」や、そこから派生した、問い自体を生み出し、あり得るかもしれないもうひとつの世界のシナリオを表現する「スペキュラティブ・デザイン」があるため少々ややこしいが、どちらも視野の狭い思い込みや先入観、既成概念に挑戦し、未知の問いと可能性の物語を提示するアート的なアプローチだ。
補足
クリティカル・デザインの提唱者で著者のアンソニー・ダンは、本書の著者は、クリティカル・デザインが、手法やアプローチの多くをアートから転用していることは認めつつも、異なるものとしている。
“人々は現代アートにある種の非日常性を期待するが、クリティカル・デザインはむしろ日常的なプロダクト/サービスを通して疑問を投げかける。そうすることによって、人々が前提としている考え方や習慣に関して再考を促すのだ”
多くのライバルがデザイン思考でプロダクトやサービス開発を狙う状況下では、同じようなユーザー課題を扱っていては差別化が難しいという問題もあり、アート思考のアプローチに関心を持つ企業が増えてきた。
デザイン思考を用いるプロジェクトの現場でも、課題解決のアイディアを発想する段階ではリフレーミング(対象の意味や定義の枠を変換する)が超重要なのだが、クリエイティブ職以外の人たちがこのリフレーミングを行うことはとても難しく、そのため、大胆なクリエイティブジャンプを行う段階で、アーティストやクリエイターを招聘するケースもしばしば。
というより私は、積極的にアーティストをプロジェクトに招くことを推奨している。
なぜデザインではなく、デザイアなのか
デザインからアートへ――。個人的にはデザインからデザイア(欲望)へ、とも言うようにしている。
それは、ある象徴的なエピソードを知ったことがきっかけだ。
デザイン思考を取り入れた起業家支援講義を行っていたスタンフォード大学では、2018年に、アート思考のワークショップを授業で取り入れることを決めた。
その背景はこうだ。
デザイン思考を体得した学生は、ユーザーの課題を解決し、かつ市場性のある事業アイディアを創出して卒業する。当然、デザイン思考を駆使して導出したその素晴らしいアイディアのビジネスを始めるのかと思いきや、学生たちはこぞって「ノー!」と答えた。
理由は「興味がないからだ」と。
いくら素晴らしいアイディアでも、結局は他人ごとの課題。内面から湧き上がってくるデザイアがともなっていなければ、一筋縄ではいかないビジネスに本気で取り組む気にはなれないのだ。
こうした経験からスタンフォード大学ではアート思考を授業に取り入れたのだという。

デザイン思考のいっさいを否定し、アート思考だけを推奨したいわけではないが、そのアイディア同士が似たものになってしまうことや、プロダクト/サービスとしてアウトプットされないアイディアの量産を防ぐためにも次の3要素は、これからプロジェクトで意識的に取り入れるべきだと考えている。
- 他人視点の課題から自分視点の欲求へ
- 既成概念や固定観念からの逸脱
- 新たな問いと未来の可能性の物語の提示
次回は、実際にアート思考を取り入れたプロジェクトをどのように実践しているのかを、事例を交えて紹介していく。