『ビジネスモデル・ジェネレーション』と合わせて読みたい1冊
翔泳社では4月16日(木)に『バリュー・プロポジション・デザイン 顧客が欲しがる製品やサービスを創る』を発売しました。前作にあたる『ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書』は8万部を超え、本書も全世界で注目を浴びています。
今回、本書で解説されている「顧客に価値提案するための方法論」とはどういうものなのか、前作翻訳者で株式会社ブルームコンセプトの代表取締役である小山龍介さんにお話をうかがいます。
それぞれ異なる顧客の動機を、「虫の目」で見つけ出す
――まずは『バリュー・プロポジション・デザイン』がどういった本であるのか、『ビジネスモデル・ジェネレーション』との関係も交えてお聞かせいただけますか?
小山:『ビジネスモデル・ジェネレーション』は事業全体を俯瞰すること、つまり「鳥の目」によってビジネスがどう動いているかを把握し、そこから新しいビジネスを作り出していくことをテーマにした本でした。そのツールとして「ビジネスモデルキャンバス」が紹介されています。
しかし、ビジネスを起こすには俯瞰するだけでは不充分で、「鳥の目」に対して「虫の目」が必要になります。それは実際のビジネスの現場で起こっていることを細かく見る視点です。『バリュー・プロポジション・デザイン』ではこの虫の目、言い換えれば、顧客が求めているものを知る方法を提供しています。
具体的な方法としては、本書で紹介されていますように「バリュー・プロポジションキャンバス」を用います。このツールは、ビジネスモデルを構築する上で重要な2つの要素、バリュー・プロポジションと顧客セグメントにフォーカスを当てています。
バリュー・プロポジションキャンバスで最も重要なポイントが「顧客の仕事(カスタマージョブ)」です。これは顧客が成し遂げたいことを自分の言葉で表現したものです。例えば、テレビを買いたいと思うとき、顧客はテレビ自体がほしいわけじゃありません。テレビで番組を観たいし、さらに言えば、番組を観て気晴らしをしたいのかもしれません。また、オフィスで明日話題となる情報を得たいのか、家族団欒がほしいのかということでも「顧客の仕事」は異なります。
ですから、顧客が何のために商品を使おうとしているのかを掘り下げていく必要があります。そこから問いかけていくことで、顧客自身も気づいていない潜在的なニーズを掘り起こすことができ、製品やサービスの設計に活かすことができるようになるのです。
仮説が有効かどうか検証する
――顧客志向で商品やサービス開発しなければならないと言われています。従来の顧客志向とバリュー・プロポジションキャンバスにはどういった違いがあるのでしょうか。
小山:顧客志向ということを、顧客の意見を聞くと捉えていると、「顧客自身が気づいていないニーズ」には辿り着きません。「どういうテレビがほしいか」とアンケートを取れば、たしかに「画面が鮮明なほうがいい」「音は迫力があったほうがいい」という回答が得られます。ですが、それは顧客がどんな状況にあって何をしたいのかまでは教えてくれません。たとえば、多くの人がYouTubeのように録画したテレビ番組を検索して楽しみたいと潜在的に思っていても、それがテレビへのニーズとして顕在化していないためアンケートにはなかなかあがってきません。
こうした表面上の顧客志向で商品を作ったとしても、本当の意味で顧客が求めているものにはなりません。顧客の現在の状況まで踏み込んで、何を解決しようとしているのかまで考える必要があります。朝、テレビを付ける瞬間の「顧客の仕事」は、夜の仕事とは異なります。同じ顧客でも、置かれている状況によってやりたい「仕事」は異なるし、テレビの利用動機は異なるのです。
――顧客の置かれている状況にまで踏み込むことで、表層的な顧客志向では知ることのできない、顧客も気づいていないニーズを見つけ出せる方法論がバリュー・プロポジションキャンバスということなんですね。
小山:そうです。そして注意したいのが、これはフレームワークではなく、あくまで「キャンバス」という点です。フレームワークは物事を整理、分析するために使われることが多いですが、キャンバスは新しい絵を描く、すなわち新たに何か作り出すためのツールだからです。
「顧客の仕事」に伴うゲイン(顧客が求める恩恵)、ペイン(顧客に関係するリスクや障害)を描き、そこから新しい商品、サービスの仮説を描く。そこには、仮説ドリブンのプロセスがあります。分析的に、確実性の高い解答を導き出すのではなく、飛躍も許容しながら妥当性の高い仮説を導くツールなのです。ですので、出てきた仮説が有効なのかどうか必ず一度検証しなくてはいけません。本書では検証の仕方もしっかりカバーしています。
既存商品の延長線ではなく、新しいカテゴリーの商品を作る
――お話を聞いていて、馬車と自動車の関係に近いのかなと思いました。
もともと移動手段としては馬車が長く使われていましたから、馬車を作っている職人に新しい乗り物がほしいと言っても、馬車の延長線のものしかできません。そこで馬車を作ったことがない人に頼んでみたら、馬を使わない自動車ができた、と。馬車作りの職人は顧客が抱える潜在的なニーズに気づけなかったわけです。
小山:当時の自動車は馬車に比べたら遅く、故障も多く、コストもかかって馬車のほうが圧倒的に優れていたと思います。ですが、顧客は馬が疲れることに困っていたのかもしれません。自動車はその点で、馬車とは違う価値を提供していますよね。自動車は疲れませんし、言うことも聞きます。
馬車に対する自動車のように、これまでの価値を塗り替えるような破壊的イノベーションというのは、登場時には既存の技術に比べて劣っているけれど、違う課題を解決することができるわけです。そして顧客の状況によっては、別の「顧客の仕事」に対処できる。いままで諦めていた潜在的なニーズを満たすことができるのです。
ちょうどApple Watchが話題ですが、これが解決しようとしていることは「いま何時か知りたい」という課題ではありません。健康の維持やそのほかさまざまなニーズを満たすことであって、いままでの時計とはまったく違います。馬車と自動車を比べるようなものです。
Apple Watchのように、既存の商品の延長線上の商品開発ではなくて、まったく違う発想で新たなカテゴリーの製品を創り出すようなイノベーションを起こしたいとき、『バリュー・プロポジション・デザイン』を活用できると思います。
これからのビジネスは共感力とリフレーミングがキーになる
小山:実は本書を使うとき、注意すべきポイントが2つあります。1つは、顧客プロフィールを描く際、本当に顧客の気持ちになれるかどうかです。顧客に共感できる人でないと、本書を使いこなすのは難しい。共感力はこれからのビジネスでは必須になるでしょう。
いままでは共感力を必要としない、別のアプローチがありました。物事を分析して問題点を見つけ、解決する、という問題解決型の方法です。これに対して、共感力をベースとする方法は課題発見型です。前者は顕在している問題を解決するのに対して、後者はまず共感をもって課題を発見するところから始まります。
もう1つは、従来の思考のフレームから自由になるということです。顧客プロフィールにもとづき、新しいバリュー・プロポジションをデザインするときには、既存の発想からの飛躍が必要なんです。人はつい、いままでどおり馬車を作ってしまいます。そうした思考のフレームを外して存在しなかった自動車を作るためには、発想をリフレーミングしないといけないんです。
本書は新しいものを作るときに有効ではありますが、より効果的に使うためには共感力とリフレーミングする力をトレーニングして鍛えなくてはいけません。実際にやってみて「難しい」と感じる人はわりといらっしゃいます。
『ビジネスモデル・ジェネレーション』のときは「分かりやすい」という声が多かったんですが、『バリュー・プロポジション・デザイン』でセミナーをするとなかなかそうもいかない。「顧客に共感してニーズを書き出してみてください」と言っても、「テレビを観たい」というところで留まってしまう人が多いんです。テレビを観たい人が実際には何を求めているのか、そこまで想像がつかないようです。
――では、「顧客に深く共感できない」と諦めてしまう方はどうすればよいのでしょうか。
小山:1つには、傾聴が重要です。傾聴のレベルには1から3まであります。レベル1はインナーリスニングといって、自分の思考に集中すること。よくありますよね、他人の話を聞きながら自分ならこうする、と考えることです。レベル2はフォーカスリスニングといって、相手の話を聞くだけの状態です。レベル3はグローバルリスニングといって、相手の言葉だけでなく雰囲気も感じ取りながら聞くことです。インタビューをするときに、雰囲気までキャッチして潜在的なニーズを発見するのが重要です。
もう1つは、その人がどんな人間関係の中にいるのかを意識することです。顧客の個人的なニーズに対して、ソーシャルジョブ(顧客が社会的に求められていること)という考え方があります。40代の男性が情報収集のためにテレビを観るという行動には、自分がそうしたいだけでなく、会社の仕事でテレビを観ざるをえないこともあります。社会的な関係性の中で、無意識のうちに行動が制約されているのです。
「顧客の仕事」を見つけ出したいときに、なぜそれをしたいのか、ここでは例えば「上司に話を合わせないといけないから」といった事柄が出てくると、より深い課題を発見することができます。
別の言い方をすれば、「Doing」から「Being」へ課題を深掘りするということです。「顧客の仕事」は「やりたいこと」を意味するので「Doing」といえますが、問いを深めていくと「Being」、つまり「どうありたいか」ということに必ず辿り着きます。物知りでいたい、博識で頼りになると思われたい、誰かの力になりたいなど、存在意義にまで発見を深めていけるわけです。そこまで意識しながら話を聞き、想像することが重要です。
専門領域にこだわらず、新たな商品・事業に取り組むために
――読み込んでトレーニングすることでより効果的に利用できるという本書ですが、具体的にはどういった方におすすめの本なのでしょうか。
小山:『ビジネスモデル・ジェネレーション』のときは、主な読者はビジネスモデルに関われるような、役職にある方々でした。ですが、本書は「虫の目」ということで、より現場に近い方々、企画部門の方やマーケティング部門の方にとってヒントになることが書かれてあります。どんなゲインを増やし、どんなペインを減らすと顧客の心に響くのか、それを掴むことができます。
最も効果を発揮するのは、ビジネスモデルキャンバスと併用して事業開発を行うときです。単なる商品の企画レベルではなく事業全体で変革をもたらすのに使うのがよいと思います。価値を届けるためにビジネスを変えよう、というときですね。
――それは最近よく耳にするような、ある事業に専念していた企業がまったく別の事業を始める、ということも当てはまる気がします。例えば、これまでECサイトを運営していた楽天が実際の土地に店舗を構えてカフェ事業を始めました。
小山:Amazonもそうですよね。当初はショッピングサイトだったのが、Kindleを発売してコンテンツプロバイダーになり、さらにメーカーにもなりました。こういうふうに、自分たちの領域はこれだと限定するのではなく、自分たちが提供できる価値を届けるための、最適なビジネスの形態を考えなければなりません。
『バリュー・プロポジション・デザイン』では価値主導のビジネスモデル構築の方法が大きく打ち出されていますので、本書を読んだあとに『ビジネスモデル・ジェネレーション』を読み、その価値提案を実現できるビジネスモデルを考えてみると、さらに商品や事業の実現性が高まると思います。
――最後に、本書を職場で使いたいという読者のために、周りの同僚やチームにどうやって本書の方法論を勧めるのがよいのか、アドバイスをいただけますでしょうか。
小山:こういった方法論を導入しようとするとき、「実績はあるのか」と言われます。『ビジネスモデル・ジェネレーション』はいまや世界中で使われ、多くの実績があります。しかし、『バリュー・プロポジション・デザイン』は原著も昨年発売されたばかりですので、まだ実績といえるものは多くありません。
ではどうすればいいのか。やはり、自分で使いながらいいアイデアを出して、小さくても実績をこつこつ作っていくことです。そうすればどうやってアイデアを出したのか話すきっかけもできるでしょう。そこで本書やツールを紹介して、導入していく。自分なりのコツを掴んでからのほうが、チームでやるときにもファシリテーションしやすいと思います。
――小山さん、『バリュー・プロポジション・デザイン』と『ビジネスモデル・ジェネレーション』についてたいへん参考になるお話、ありがとうございました。
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